光の「結び目」が次世代通信を変える

私たちが暮らす日常には、さまざまな「形」があふれています。
その中には、見た目は全然違うけれど、「本質的には同じ」と考えられるものがあります。
例えば、ドーナツとマグカップを思い浮かべてみましょう。
ドーナツは丸い穴が中央に空いていて、マグカップには取っ手の部分に穴がありますね。
一見するとまったく異なる二つの形ですが、実はどちらも「穴がひとつだけ」という共通点を持っています。
柔らかい粘土で作られているとしたら、マグカップをぐにゃぐにゃと変形させてドーナツの形にすることもできます。
このとき、穴の数は変わらないので、「同じ形」と見なされます。
このように、形をぐにゃっと自由に変形しても変わらない性質を数学的に調べる学問があります。
それがトポロジー(位相幾何学)と呼ばれる分野です。
トポロジーをざっくり言うと、「形の細かな違いは無視して、穴の数や絡まり方といった『大まかな特徴』だけに注目する数学」なのです。
トポロジーの考え方は「結び目」を理解する上でも役立ちます。
紐をぎゅっと結ぶと、その絡まり方は、紐を切ったりほどいたりしない限り変わりませんよね。
結び目には、少々引っ張ったり押したりしても簡単にはほどけない安定性(丈夫さ)があります。
こうしたトポロジカルな結び目の丈夫さは、最新の情報技術に活かせるかもしれないと注目されてきました。
なぜなら、結び目の丈夫さを使えば、情報を安全かつ確実に記録したり送ったりできる可能性があるからです。
そんなトポロジカルな構造の中で、特に期待を集めているのが「ホプフィオン」という存在です。
ホプフィオンとは、粒子のように空間の中に存在する3次元の結び目状の構造で、ドーナツの形をした輪っか(トーラス)に糸が巻き付いたような複雑なパターンをしています。
ホプフィオンを分かりやすくイメージするには、毛糸玉を想像してみてください。
毛糸玉の中には一本の糸が複雑に絡み合っていますが、ホプフィオンも似たように、見えない「糸のような線」が内部でループ状に複雑に絡まりあっている構造なのです。
この絡まり方は、ほどくことなく変形させても変わらないので、安定した情報の記録に向いていると考えられています。
実際、ホプフィオンはごく最近になって、磁石のような性質を持つ物質(磁性体)の中や、光の中に孤立した「単体」として見つかりはじめました。
こうした発見をきっかけに、「ホプフィオンは非常に丈夫で、情報を高密度で安定に保存したり運んだりする新しい方法になるのではないか?」と期待されるようになったのです。
ですが、これまでに見つかったホプフィオンはどれも「孤立した状態」で、規則正しく並んだ「結晶のようなホプフィオン」はまだ見つかっていませんでした。
もし、ホプフィオンがきれいに並んだ「ホプフィオン結晶」を作ることができれば、その研究はホプフィオンそのものの性質を深く理解するための大きな発見になるはずです。
それだけでなく、トポロジーを使った次世代の通信技術や超高密度な情報保存技術への扉も開かれるでしょう。
こうした可能性を秘めたホプフィオン結晶ですが、その実現は決して簡単ではありませんでした。
そこで今回、東京工業大学・東京大学・慶應義塾大学・南洋理工大学(シンガポール)からなる国際研究チームが、この大きな課題に挑戦したのです。
研究チームが目指したのは、光を使ってホプフィオン結晶を理論的に作り出すことでした。
光を使う理由は、光が情報を速く、遠くまで届けられる特性を持つからです。
研究者たちは、2つの違う波長(色)をもつ光をうまく重ね合わせて「ビート(拍)」という周期的な波を作り出すことにしました。
光には波の向きを示す「偏光」という性質があり、この偏光が時間的に繰り返す「拍」を使えば、時間方向に規則的に並んだホプフィオンの構造を作れるのではないかと考えたのです。
さらに彼らは、たくさんの小さな光の発光源を規則正しく並べて、その光が遠く離れた場所で重なり合うことで、空間方向にも繰り返す格子模様を作るアイデアを考案しました。
これにより、ホプフィオンが空間方向と時間方向の両方で規則正しく並ぶような「光の結び目結晶」を理論的に設計しようとしたのです。
つまり研究チームの最終目的は、ホプフィオンという「光の結び目」を、四次元(空間3次元+時間)という広い舞台に、規則正しく編み込んでいく新たな方法を見つけることだったのです。