不十分な治療が変異の温床になっている可能性がある
今回の研究により、人類の知らぬ間にエイズウイルスの強毒化が起きていたことが示されました。
強毒化によって変異株はウイルス量、進行速度、感染率を増加させ、ヨーロッパにおいて蔓延ともいえる状態を起こしていたのです。
また変異は単一の遺伝子の変化ではなく、30のアミノ酸の変異をともなう広範囲かつ大規模なものでした。
このような大きな変異が起きた背景にあるのは、不十分な治療だと考えられます。
今年の1月28日に発表された研究では、エイズの治療が不十分な患者の体内で、新型コロナウイルスが21カ所も変異していることが明らかになりました。
適切な治療が行われず免疫不全の人が新型コロナウイルスに感染すると、生き残るウイルスのバリエーションが増え、変異の蓄積が加速したためだと考えられます。
今回発見されたエイズ変異株「VBバリアント」が発生した1990年代は、エイズ治療薬が出回る直前であり、多くの人々の治療が不十分な状態にありました。
エイズウイルスにとっては自由に感染できる最後の時期であり、強毒化は生き延びるための選択肢の1つだったと考えられます。
治療薬やワクチンが開発される前後に強力な変異株が出現する現象は、もしかしたら新型コロナウイルスと同じなのかもしれません。
一方で、今回の研究では希望的な結果も得られています。
現在開発されている抗レトロウイルス薬は、従来のエイズウイルスと変異株で同様の効果を発揮していることも示されました。
不思議なことに強毒化した変異株は広がりつつあるものの、新型コロナウイルスとは異なり流行株の全面的な上書きは起こしていません。
空気感染する一方で短期間のうちに体内から排除される新型コロナウイルスと、性行為を主として長期間体内に存在するエイズウイルスでは、流行株の行動は大きく異なるのでしょう。
研究者たちは今後、エイズ変異株がどのような仕組みで免疫細胞を効率的に破壊しているかを調べていくとのこと。
エイズ変異株の攻撃方法がわかれば、通常の株に対する効果的な防御手段も明らかになるかもしれません。