100歳まで生きたペピ2世は「奇行」が過ぎた
ペピ2世は、古王国第6王朝の時代に、父王のペピ1世と、上エジプトの有力貴族クウイ家出身の母アンクネスペピ2世の間に生まれました。
記録によると彼は、紀元前2278年にわずか6歳の若さで王位を継承し、紀元前2184年まで生きたと伝えられています。
つまり、在位期間は実に94年で、年齢は100歳の大台に達しました。
ペピ2世は、歴史上最も在位期間の長い王として言及され、後世のエジプトでは「長寿」の代名詞として語り継がれたようです。
彼の幼少時は、王母のアンクネスペピ2世が代わりに実権を握って、エジプトを統治していました。
今でも、王母の膝の上に座るペピ2世の像が残っています。

ただ、幼い頃から王位にあったせいか、側近や部下に対する要求が非常に多く、かなり変わった行動を取っていました。
その証拠が、彼の部下であるハルクフフ(Harkhuf)に宛てた手紙に残っています。
ハルクフフは、エジプト南部ヌビア地方にあるアスワンの総督で、ペピ2世がヌビアに派遣した遠征隊の隊長でした。
手紙には「ピグミー(中央アフリカに住む小人族)の踊りが見たいので、丁重に捕まえて宮廷まで連れてくるように。そうしたら大いに報酬を与える」旨が記されています。
この手紙は、ハルクフフの墓から見つかり、世界最初の旅行記とも呼ばれています。
さらに、ペピ2世は大のハエ嫌いとして有名でした。
そこで彼は、男女問わず奴隷に大量の蜂蜜を塗りたくって、自分の部屋に立たせ、ハエ取りにしてしまったのです。
そのため、彼の近くには常に、蜂蜜まみれの裸の奴隷が立っていたといいます。
何人くらいの奴隷がどれくらいの時間、蜂蜜まみれで立っていなければならなかったのかは分かりませんが、彼らの忍苦には同情せざるを得ません。
しかし、ペピ2世がハエを嫌っていた一方で、古代エジプト人はハエを崇高な存在として認識していました。
とくに、いつまでもまとわりついてくるハエの執念は「粘り強さ」の象徴として高く評価されています。
そのため、戦場でそのような能力を発揮した兵士には、金で作られた「黄金のハエ」が贈られたという。
他にもハエのお守りは、金・銀・骨・ラピスラズリ・アメジストなど、様々な材料で作られました。

そのお守りを身につけることで、虫刺されから身を守ったり、実際のハエを追い払うことができると信じられていたようです。
ペピ2世もハエ避けのために、このお守りを使ったりしたのでしょうか?
しかし、まったく効き目がなかったか、あるいは作り物のハエを見るのも嫌だったので、奴隷を蜂蜜まみれにしたのかもしれません。
また、彼が100歳まで生きたことを考えると、蜂蜜まみれを経験した奴隷もかなりの数に上ったことでしょう。