単為生殖の方が繁殖力が2倍高かった
W. ヴィルゴは、1962年に著名な進化生物学者のマイケル・ホワイト(Michael White)氏によって初めて研究されました。
彼の幼い息子が、オーストラリア南東部ニューサウスウェールズ州の乾燥地帯で、メスしかいなバッタを見つけたのです。
それ以後、ホワイト氏は、2000キロ離れた西オーストラリア州でも同じ種を発見し(ワラマバ・ヴィルゴと命名)、また、有性生殖をする種(Warramaba whiteiと命名)の存在も明らかにしました。
そしてその後の研究で、W. ヴィルゴは、W. whiteiともう一つ別種のW. flavolineataのハイブリッド(交雑種)として誕生した種であることが判明します。
メルボルン大の研究チームは今回、W. ヴィルゴの1500以上の遺伝子マーカーを解析し、親となった2種と比較。
その結果、W. ヴィルゴに生じた突然変異の数と性質から、2種の交雑は約25万年前に起こったと推定されました。
このときに、W. ヴィルゴは交配することを放棄し、オスを切り捨てて単為生殖となったようです。
また、有性生殖種(W. whiteiとW. flavolineata)と単為生殖種(W. ヴィルゴ)の間には、遺伝的な変異がほとんど存在しないことも判明しました。
W. ヴィルゴに、暑さや寒さに対する耐性、代謝速度、卵の大きさ、成熟にかかる時間、寿命など、あらゆる生理学的形質において親種に対する優位性や劣性は確認されなかったのです。
これは単為生殖に途中で切り替えた種が、その元となった親種より不利になっている点が、現在のところ特に見当たらないということです。
しかし一方で、W. ヴィルゴは、オスがおらずすべての個体が子孫を残せるので、有性生殖種に比べ2倍の子孫を残せることになります。
つまりW. ヴィルゴは25万年もの間、遺伝的多様性が保てないという不利益は特に顕在化することなく、親種に対して2倍の繁殖力を維持できていたのです。
これにより、親種には達成できなかったオーストラリアの東〜西まで一気に拡散することにも成功しました。
これは現在のところW. ヴィルゴが単為生殖に切り替えても、メリットばかりで種の生存を脅かすデメリットはなかったことを意味します。
なぜ単為生殖は増えないのか?
では、単為生殖でこれほど長く繁栄できるなら、なぜもっと単為生殖をする種が増えないのでしょう?
これについてチームは「そもそも単為生殖を発生させること自体、非常に困難なのではないか」と考えています。
実際、W. ヴィルゴを生み出した2種を交配させてみたところ、数匹のハイブリッドができただけで、また、そのハイブリッド個体はいずれも子孫を残せませんでした。
つまり、ハイブリッドの状態そのものが危ういバランスの下にあり、子孫を残すシステムとして安定していないと予想されます。
W. ヴィルゴは25万年の中で単為生殖を確立したと見られ、人間が交雑を試す程度では、安定したハイブリッド種は得られないようです。
こうしたことが自然界における単為生殖をきわめて珍しいものにしているのでしょう。
また単為生殖種に対する非常に不利な環境変化や、パンデミックのような厄災は25万年程度では起きないだけの可能性もあるでしょう。
生命の歴史は非常に長いものなので、短期間では有利であっても長期的には単為生殖を選択するメリットは小さいのかもしれません。
いずれにせよメスだけで25万年も生き延びているW. ヴィルゴは、かなり稀有な存在といえるでしょう。