液体に溶けた原子の挙動は謎だった
ナノテクノロジーの進歩により、人類は単一原子レベルの操作やその視覚化ができるようになってきました。
有名な例として知られているのが1989年にIBMの技術者によって行われた、原子を使った文字の作成です。
この技術はニッケルの基板上に35個のキセノン原子を「IBM」の形に配列させたものであり、原子を平面上に正確に配置したはじめての例となりました。
その後も原子レベルでの操作や観測技術は向上を続け、
原子が結合して分子になる様子、
分子内部の原子が揺れ動く様子、
機械的な力で原子を操作して化学結合を破壊することも可能になりました。
しかしこれらの研究で示されているような原子レベルでの解像度を得るには、電子顕微鏡から発せられる電子のビームが対象と相互作用する様子を測定する必要があります。
ターゲットとなる原子まで遮るものがない真空中では電子は素直な反射をみせるため観測に問題はありません。
しかしターゲットとなる原子が溶液中に溶け込んでいる場合、電子ビームが散乱してしまうため、正確な画像データを得ることができず、研究報告の内容も安定しませんでした。
そのため人類にとって溶液中の原子の動きは「ブラックボックス」となっていたのです。
わざわざ原子1つ1つの動きを肉眼で確認することに意味があるか、と疑問に思う人がいるかもしれません。
しかし近年のナノテクノロジーや量子生物学の進歩により、局所的な原子の動きが化学反応や生命現象に大きな影響を与えることがわかってきました。
ナノサイズの世界では、大雑把な模型図や簡単な反応式では書き尽くせない、原子の不思議な挙動が明らかになってきたからです。
そのため全ての化学反応や生命現象を原子レベルの解像度で理解することができれば、真の意味でのナノテクノロジー革命が起こると期待されています。