温泉ヘビは「凍死」と「熱死」のギリギリラインで生きている
温泉ヘビを研究している中国科学アカデミー(CAS)の爬虫類学チームによると、本種は何百万年も前からチベット高原で繁栄してきたという。
チベット高原には100種以上のヘビがいますが、標高4500メートル級の高地に生息するのは温泉ヘビのみです。
ヘビにとって外気温は生きていく上で重要な意味を持ちます。
というのも、変温動物であるヘビは自らの体温維持を外気温に依存しているからです。
そのためヘビには生存できる適温が決まっており、哺乳類や鳥類のように地域の気温に適応して生きていくことができません。
適温より暑すぎれば火傷したり熱中症になりますし、寒すぎれば凍傷を負ったり固まって動けなくなります。
特にチベット高原の標高4500メートル付近では、最低気温がマイナス20℃に達することもあるため、普通のヘビでは生きていけません。
しかし、温泉ヘビは40℃に及ぶ地熱で温まったプールに入ったり、その縁に潜んで冬眠することで凍死を免れているのです。
それでも、40℃は変温動物にとって高すぎる温度であり、逆に熱死のリスクもあります。
この「凍死」と「熱死」のギリギリラインを温泉ヘビはどのように生き抜いているのか?
それを確かめるため、CASの研究チームは温泉ヘビの生態調査やDNA解析を続けてきました。
2015〜2018年にかけて、チベット高原で温泉ヘビを捕獲し、血液や組織サンプル、DNAを採取して分析。
温泉ヘビは基本、太陽が出ている午前11時〜午後3時の間しか活動しないため、何日もヘビが見つからないこともあったといいます。
そしてDNA解析の結果、温泉ヘビは、呼吸を促進する遺伝子、赤血球(酸素を運ぶ役割がある)の効率を上げる遺伝子、心臓の鼓動を強くする遺伝子を変異させていることが判明したのです。
同じような遺伝子変異は、ヤクやナキウサギ、ヒメサバクガラスなど、高地に適応する他の動物にも見られるという。
これにより温泉ヘビは、高地の低酸素環境にうまく対処していたのです。
さらに、紫外線によってダメージを受けたDNAの修復を助けるタンパク質の遺伝子が変異していることも確認され、強い日差しにも適応していることが分かりました。
低酸素と日差しに加え、もう一つ重要なのは「快適ではあるが熱すぎない地熱・温泉スポットを見つけること」です。
そこでヘビの温度感知(狩りの際に使う)に関わる遺伝子を調べたところ、TRPA1という遺伝子に変異があることが確認されました。
その変異の効果を調べるため、冷たい岩と暖かい岩のどちらかを選ばせる実験を行い、優れた温度感知を持つが高地には生息しないガラガラヘビとニシキヘビと結果を比較。
すると温泉ヘビは、これら2種に比べて、俊敏かつ頻繁に暖かい岩を選択できることが判明しました。
よって彼らは、高度に発達した熱感知器官をもとに、適度に暖かい場所を探すことができると考えられます。
それから、温泉ヘビは熱ダメージ修復タンパク質も発達させており、他種のヘビに比べて、熱すぎる環境への耐性や回復力も高くなっていました。
研究チームは以上の結果を踏まえ、「温泉ヘビは凍死と熱死の間の、実に絶妙なラインを生き抜いている」と述べています。
しかし残念ながら、温泉ヘビの個体数は現在、チベット高原での人為的な活動により減少傾向にあるという。
ある場所では、温泉ヘビが冬を過ごすための巣穴が建設工事によって破壊され、またある場所では、産まれたばかりのヘビが育つ湿地帯が土地開発によって荒らされています。
そこでCASのチームは2023年5月から、チベット高原に人が立ち入れないような場所を設けて、人工的な温泉ヘビの巣や湿地帯の復元を進める計画を立てているとのことです。