原子も掴める「光ピンセット」でミクロの繊毛を引っ張る
小さな粒子を操作するには小さなピンセットが必要ですが、通常のピンセットをどんなに小さくしても一次繊毛を引っ張ることは容易ではありません。
一方、光ピンセットは光の運動量変化や圧力によって、レーザーの焦点に近い位置に物体を固定する技術であり、原子サイズの微小な物体すら掴んだり投げたりすることが可能となっています。
(※光ピンセットの詳しい原理は以下の記事を参照)
上の動画では実際に、光ピンセットを使って直径5μmの粒子を掴んで移動させている様子が示されています。
SFなどではしばしば、ビームやレーザーを使って宇宙船や貨物コンテナをけん引する「トラクタービーム」が登場しますが、光ピンセットはその祖先にあたる技術と言えるでしょう。
今回、研究者たちはこの光ピンセット技術を利用して、ノード周辺部の体液の流れを感知する一次繊毛を物理的に引っ張ってみることにします。
実際の実験ではまず、ノード中央部の繊毛が動かなくしたゼブラフィッシュの胚が用意されました。
ノード中央部の繊毛が動かない胚では右から左に向けた体液の流れも起こらないため、内臓の左右が混乱し、内臓の形状や位置に異常が発生します。
研究者たちはこの中央部の繊毛が動かない胚に対して光ピンセットを使い、ノード周辺部分にある一次繊毛を引っ張りました。
すると体液の流れがないにもかかわらず、ゼブラフィッシュの内臓は正常に形成されることが判明。
さらに引っ張り方によって内臓を左右逆転することにも成功しました。
さらにノード周辺部の一次繊毛の引っ張りが、細胞表面にあるカルシウムイオンの通り口を活性化し、細胞内部にカルシウムイオンが流れ込む様子も観察されました。
これらの結果は、ノード周辺部の一次繊毛に対する機械的な力がゼブラフィッシュの体の左右軸を決めていることを直接的に示しています。
研究者たちは「生きている動物の繊毛に機械的な力を正確に伝えることに初めて成功した」と述べています。
内臓の左右性決定といった極めて生物学的な問題が、細胞外からの機械的なスイッチによってONになるのは、極めて興味深い事実と言えます。
左右非対称性の欠陥は、ヘテロタキシー症候群、原発性毛様体ジスキネジア、心疾患など多くの先天性障害に関連していることが知られています。
研究者たちは今回の研究で使われた技術を応用することができれば、遺伝的に左右非対称性形成に問題がある胚の治療に使える可能性があると述べています。