1秒で80回の羽ばたきができる秘密とは?
北米と南米に分布するハチドリは、アマツバメ目(ヨタカ目の説も)ハチドリ科に属する非常に小さな鳥です。
中でも、キューバの固有種である「マメハチドリ(学名:Mellisuga helenae)」は世界最小の鳥として知られ、全長4〜6センチ、体重2グラム弱しかありません。
ハチドリは、ホバリングによって空中で前後左右に移動できる唯一の鳥です。
ホバリング中には1秒間に最大80回もの羽ばたきをし、「ブンブン」という特徴的なハミング音を発生させます。
彼らがホバリングをするのは、餌とする花に止まれる枝がないためです。
ハチドリは花の蜜を主食としますが、昆虫と異なり体は重いため、ハチのように花に止まって優雅に蜜を吸うことはできません。
そこでハチドリは、飛びながら花の蜜を吸うためにホバリング能力を進化させたのです。
しかし、その高速飛行の代償として、ハチドリは異常なエネルギー消費を迫られることになりました。
昆虫を除けば、ハチドリは全動物の中で最も活発な代謝を行っていることが知られています。
彼らのエネルギー源は、花の蜜に含まれる「糖分」です。
この糖分は代謝によって分解され、血中でブドウ糖に変わり、エネルギーとして利用されます。
これまでの研究で、ハチドリの代謝レベルは脊椎動物では異例なほど高く、糖分の吸収が迅速で、糖分を処理する酵素も非常に活発であることが分かっています。
そこで研究チームは今回、この代謝レベルを可能にしている遺伝的な秘密を調べました。
研究では、ハチドリの一種「ユミハシハチドリ(学名:Phaethornis superciliosus)」のゲノムを解読し、そのデータをニワトリ・ハト・ワシを含む45種の鳥類ゲノムと比較。
その結果、対象とされた全てのハチドリ個体において、筋細胞の中で「FBP2(フルクトース・ビスホスファターゼ2)」という酵素を作り出す遺伝子が失われていることが判明しました。
FBP2とは、糖新生という「糖分以外の物質からブドウ糖(エネルギー)を生産する働き」に関わる酵素です。
糖新生の目的は、食事から摂取される糖分がなくなったときに、脂質やアミノ酸を代替してブドウ糖を作り、血糖値を維持することです。
よくダイエットの方法として糖質制限という言葉を耳にしますが、活動に必要なエネルギーである糖質の摂取を制限しても人間が平気な理由がこの糖新生の機能なのです。
現代人は食べてばかりであまり運動しないため、過剰にエネルギーを取りすぎる傾向があります。そのため高カロリーの糖質を制限し糖新生によってエネルギーを賄って痩せましょうというのが、いわゆる糖質制限の考え方です。
しかしハチドリは、この糖新生に関わる酵素を捨てることで、エネルギー源を糖分だけに絞り、その吸収や処理の効率化に特化したと考えられるのです。
では糖新生の機能が失われると、どういう変化が身体に起きるのでしょうか?
研究では鳥類の筋細胞を使った実験で、FBP2を作り出す遺伝子をノックアウト(不活性化)したところ、エネルギーを産生するミトコンドリアの活動が活性化し数も増加して、糖代謝が大幅に向上することが実証されました。
つまり、ハチドリはエネルギー生産の方法を、糖の摂取に一本化し余分な遺伝子を削ぎ落とすということで、糖代謝を大幅に効率化させていたのです。
これはある種、欲しい能力だけに極振りしている状態とも言えるでしょう。
さらに調査を進めたところ研究チームは、この遺伝子がホバリング飛行と蜜の摂食が進化した約4,800万~3,000万年前のハチドリの共通祖先において、すでに失われていることがわかりました。
つまり、この遺伝子の喪失がハチドリをホバリングに特化した鳥へと進化させる上で重要なステップになっていたと考えられるのです。
このためハチドリは、糖が得られない状況に極端に弱い可能性がありますが、この遺伝的適応により、1秒間に80回という驚異のホバリング能力を手にできたようです。
研究主任のマイケル・ヒラー(Michael Hiller)氏は「今回の結果は、FBP2の喪失が、真のホバリングに必要な代謝レベルを進化させる上で重要なステップであったことを示している」と述べています。