人類最初の「乗馬文化」はどこで誕生した?
人類史の中で「最古の乗馬」の証拠を見つけるのは簡単ではありません。
古代ギリシアやエジプト文明にもなれば、馬に乗った騎手の姿を描いた美術品が残されていますが、それ以前はそうした遺物がなく、乗馬の確かな証拠も見つかっていなかったのです。
ただその中で、騎馬民族の可能性が高いと指摘されていたのが「ヤムナ人」でした。
ヤムナ(Yamna)文化は、BC3600〜2200年頃にわたってドナウ川とウラル山脈の間の広大な草原地帯に成立した文化圏です。
主な中心地は黒海とカスピ海の北側エリア(下図)とされています。
定住型の住居の痕跡はほとんど見つかっておらず、多くは遊牧民に特有の野営の跡であり、移動型の生活をしていたことが伺えます。
牧畜が盛んで、地域によって違いはありますが、主に牛や羊、ヤギの放牧をしていたようです。
その一方で、ヤムナ文化圏では死者を埋葬するための竪穴がよく見られ、その中から馬の骨が頻繁に見つかっていました。
(ヤムナとはロシア語で「穴」を意味する)
また、ヤムナ人の歯や土器片から馬乳の痕跡が見つかっていることから、何らかの形で馬を飼っていたことは確かです。
乗馬用具は出土していないものの、馬には道具がなくても乗れることから専門家らは「ヤムナ人は日常的に馬に乗って放牧をしたり、移動をしていたのではないか」と考えていました。
そこで研究チームは今回、ヤムナ人の遺跡から回収された人骨を分析して、乗馬の証拠を見つけることに。
チームはその指標として、乗馬の証拠となる以下の6つの基準を設定しています。
・骨盤と大腿骨の筋肉の付着部位にストレスパターンがある
・股関節ソケットの形状に変形が見られる
・股関節ソケットが大腿骨頭(こっとう:股関節ソケットに結合する大腿骨の先端部)を圧迫している
・大腿骨の軸の形状および直径が通常の人と違う
・繰り返しの衝撃による椎骨の摩耗
・落馬や馬に蹴られたり噛まれたりしたことによる外傷
これをもとに、ヤムナ文化圏で確認されていた約4500〜5000年前の遺跡39カ所から217体の人骨を調査。
このうち、約150体がBC3021〜2501年に生きていたヤムナ人の遺骨と特定されています。
そして分析の結果、24体(15.4%)のヤムナ人の遺骨に、乗馬を習慣としていた骨の変形や摩耗の痕跡が見つかりました。
さらにそのうち5体は他の骨よりも骨の変形や摩耗が著しく、かなりの乗り手だった可能性があるようです。
加えて、今日のハンガリーにあるBC4300年頃のヤムナ人以前の墓から出土した人骨にも、先の6つの指標のうち4つが当てはまり、乗馬をしていたことが示唆されました。
これはヤムナ文化の勃興より約1000年も前のことであり、これまでの研究と照らし合わせて、乗馬技術の発展が馬の家畜化からほとんど間を置かずに始まり、広まっていったことを示しています。
以上の結果は、人類史における「最古の乗馬」の記録となります。
ヘルシンキ大学の人類学者で本研究主任のマーティン・トラウトマン(Martin Trautmann)氏は「これらの骨格記録に見られる(乗馬による骨の変形や摩耗の)かなり高い有病率は、ヤムナ人の多くが日常的に乗馬をしていたことを示している」と述べています。
おそらく、乗馬によって牛や羊の放牧をしたり、遠距離の移動や荷物の運搬に役立てていたのでしょう。
馬術の確立は、人類の移動スピードや距離を劇的に変化させ、土地利用や交易、戦争の在り方をガラリと変えました。
そのため、乗馬の進化と拡散の歴史を理解することは、人類の発展をひもとく上で非常に重要なテーマなのです。