ニュートンより先にアインシュタインを教える
現在、ほとんどの国で行われる義務教育は、古典的なニュートン物理学からはじまります。
ニュートン物理学では私たちの身の回りの物理現象から月や惑星など近くの天体の動きまで説明してくれる、非常に便利なものとして長らく利用されてきました。
しかしニュートン物理学では、空間や時間などが不変という間違った前提のもとで組み立てられおり、ブラックホールや小さな量子たちの動きを説明するにはアインシュタイン以降の物理学(以降、アインシュタイン物理学と記述)が必要となってきます。
またアインシュタイン物理学ではニュートン物理学をより現実に沿うような大規模な「書き直し」が行われており、より包括的な理論となっています。
ニュートンは私たちの目に見える物理現象を語る上で特に問題はありませんが、理論が単純な代わりに導き出される答えは近似値に過ぎません。
アインシュタインの登場によって物理学はより精密に重力を始めとした現象を説明できるようになりました。
そのため現実世界ではニュートン物理学の「出番」も徐々に狭まりつつあります。
ニュートン物理学は蒸気機関を動かしたり滑車で物を運ぶためには便利です。
しかしスマートホン、コンピューター、GPS、太陽光発電など現代の私たちの生活を支える技術は古いニュートン物理学ではなく、時空の歪みも考慮に入れたアインシュタイン物理学で考えないと正しく動作しません。
そこで近年になって海外では、学校の授業で子供たちにニュートン物理学より先に、空間や時間の歪みや量子の奇妙な振る舞いを含んだアインシュタイン物理学を学ばせる試みが行われるようになってきました。
基礎的なニュートン物理学を教える前に難解なアインシュタイン物理学を教えるのは、無理があると思う人もいるかもしれません。
少なくとも学校教育ではニュートン物理学を先に学ばせるべきだという声があるのも事実です。
しかし現行の科学教育が上手くいっていないのも事実です。
特にオーストラリアや日本においては「理系離れ」と呼ばれる現象が起きており、文系を専攻した人々の多くは、アインシュタイン物理学を学ばないまま大学を卒業して社会に出てしまいます。
このような理系離れが起こる最大の原因は、現実と学問の解離です。
もし今が18世紀や19世紀で、子供たちが目にする技術が蒸気機関や火力発電ならば、問題はないでしょう。
この場合、現実の技術と学校教育の歩幅が一致しているからです。
しかし現在学校で教えられているニュートン物理学では、私たちの身の回りのスマートホン、コンピューター、GPS、太陽光発電などが機能する仕組みを、ほとんど説明できません。
実際、過去の研究で子供たちが学校で学ぶニュートン物理学をどう思っているかを調べたところ、子供たちの多くが学校で習う物理学を「古臭い」と感じていることがわかりました。
さらに問題なのは、子供たちの素朴な興味に対しても、ニュートン物理学は答えることができない点です。
そのいい例が「ブラックホール」です。
現在の小中学校に通う子供たちのほとんどがブラックホールの存在を知っています。
しかし学校では、ブラックホールが何なのかを知ることはできません。
学校の先生も、子供たちにブラックホールを教える効果的な方法を知りません。
そして多くの子供たちは「学校の先生」にブラックホールについて尋ねても「しかたがない」「どうせ教えてもらえない」「面倒な奴だと思われる」ことを既に知っています。
子供たちが自発的に物理学に興味を持つ「貴重な瞬間」がどれほどの価値があるか?
それが潰されてしまうことがどれほどの損失になるのか?
大人たちは「大学に行ったら学べるから今は学校の勉強を頑張りなさい」と言います。
しかし、それでは遅すぎるのです。
同様の問題はブラックホールだけではなく、科学の本ではよく耳にする重力波・暗黒物質・ビッグバン・量子コンピューター・量子テレポーテーション、量子もつれなどアインシュタイン物理学にかんする全ての言葉、全ての概念で起きています。
これでは理系離れを起こさないほうが不思議です。
子供たちが科学に興味を向ける「貴重な瞬間」を潰さず活かすには、学校でニュートン物理学以外を教えない状況を変える必要があるのです。
そこで次のページでは、今やオーストラリア全土で行われるようになった、ニュートン物理学よりアインシュタイン物理学を先に教える教育法「アインシュタイン・ファースト」について紹介していきます。