死んだふりを解除するフェロモンがあった!
もし死んだふりで捕食回避に成功したとしても、そのままずっと硬直していては返って危険でしょう。
野生下には死んだふりが効かない捕食者や、視覚ではなく嗅覚に頼る捕食者がたくさんいるからです。
そこで生物たちは死んだふりから起きる必要があるわけですが、「いつ死んだふりを止めるのか?」「硬直からの目覚めを促す要因は何なのか?」については誰も研究していません。
また研究者いわく、その検証もかなり難しいものでした。
というのも死んだふりの深さには大きな個体差があり、どの刺激で目覚めたのかを計測するのが困難だったのです。
そこでチームは遺伝子改良によって、死んだふりの持続時間を固定したコクヌストモドキを作成して、この問題を解決しました。
コクヌストモドキは細い棒の先でつっつくだけで仰向けになり、簡単に死んだふりを誘発できます。
そしてチームは、死んだふりを解除する可能性が高いものとして「集合フェロモン」を用いました。
フェロモンは個体が分泌して、仲間の生理反応や特定の行動を引き起こす化学物質ですが、特に集合フェロモンは他の仲間に対して誘引作用を起こし、集団で集まるよう促す効果があります。
実験では、死んだふりの持続時間を同じにしたコクヌストモドキに、オスが放出する集合フェロモンを嗅がせてみました。
その結果、フェロモンにさらされなかったグループは死んだふりを平均60分続けたのに対し、フェロモンにされされたグループは平均40分と有意に覚醒タイミングが早くなっていたのです。
この効果はオスとメスの両方に見られましたが、特にメスの方で覚醒を促す効果が強くなっていました。
これは異性であるオスのフェロモンを嗅いだことに関係していると見られます。
この結果からチームは、集合フェロモンが死んだふりを解除する覚醒刺激の一つになっており、加えて、死んだふりの持続時間は刺激の有無によって柔軟に変化しうると結論しました。
「無事な仲間が近くにいる!」というフェロモンのサインが、死んだふりを止めるきっかけになっているのかもしれません。
ただし、この結果はコクヌストモドキにのみ基づくものであり、他の生物が同じように仲間のフェロモンを覚醒刺激としているかどうかは不明です。
仲間と行動しない生物や、哺乳類や鳥類の”解除スイッチ”が何なのかは、別に研究が必要となるでしょう。
人間がクマに死んだふりをするのは有効なのか?
人間も死んだふりを利用する生物に含めて良いでしょう。
映画などでも、死んだふりをしていることで助かるという描写がホラーでも戦争映画でも見られます。
動物たち場合、自分が餌としては鮮度が低いことをアピールするケースが多いようですが、相手の注意を引くような行動を避けて気配を殺すことも目的の1つになっています。
これは私たち人間から見ても理解のし易いものでしょう。
最近話題のクマへの対策についても死んだふりというのは昔からよく聞かれる戦法です。
自然界の動物の多くは人間を捕食対象にはしていません。一方で、山で亡くなった人の死骸は獣によって荒らされることも良く知られています。
以前、東京農工大学大学院らの研究で、シカの死体を森に放置して観察するという実験が報告されていますが、ここではツキノワグマも死肉を漁りにやってきたことが記録されています
この報告を見ると、死んだからといって捕食を免れることは難しいように思えます。
ただ、先にも述べた通り野生の動物の多くは、背を見せたり暴れるなどの相手の行動に対して本能で襲おうとしてきます。
そのため相手に余計な刺激を与えない行動や、頭や首などの弱点を防御する行動として死んだふりが有効であると話す専門家もいます。
これを考慮すると、クマに死んだふりが有効か?という問題は、クマの置かれた状況にも大きく左右されるでしょう。
クマも怯えていて、逃げるタイミングを伺っているような状況なら死んだふりは有効かもしれませんが、子供を守ろうと好戦的になっていたり、非常に腹を空かせている状態のクマに対しては死んだふりは無防備を晒すだけで役に立たない可能性があります。
死んだふりは自然界の動物たちが進化の過程で継承してきた、生き残りに有効な戦術の1つなのは確かなようです。しかしそれは捕食者に身を委ねる危険な行為であることを自覚しておきましょう。
生存率を高める可能性はありますが、新鮮な獲物を狙う相手や、慎重な相手には返って危険を晒すだけになるかもしれません。
死んだふりを動物たちがどのように利用しているか理解すれば、私たちが目の前の危険な生物に対して死んだふりをするべきかどうか判断できるかもしれません。