感覚の混乱が「何者かの存在感」を生み出す
過去に行なわれた神経学的な研究や脳の実験では、身体からのサインが何物かの存在感を感じさせることが明らかになっています。
2006年にイスラエル・ハダッサ・ヘブライ大学の神経学者、シャハール・アルジー氏とその研究チームが行った実験では、女性の脳の特定の部分(左の側頭頭頂接合部、略してTPJ)を電気的に刺激した結果、女性はまるで「影」のような存在を感じるという現象を体験しました。
このTPJという部分は、私たちのさまざまな感覚や身体に関する情報をまとめる役割があります。
また、2014年に行なわれた別の実験では、感覚を混乱させることで、参加者にそこにいない何者かの存在を感じさせることに成功しました。
具体的には、この実験は参加者の動きに合わせて背後を突くロボットを用いて、自身の操作で自分の背中を突かせました。
このとき、動きが完全に同期していると参加者は自分で自分の背中を突いているような感覚を覚えましたが、500ミリ秒程度同期をズラすと、今度は参加者は背後に誰かが立っているという感覚を強く覚えるようになったのです。
これは、私たちが普段自分でやっている動作に対しても、想像とズレが生じて感覚に些細な違和感を覚えると、そこに別の何者かの存在感を生み出してしまうことと示しています。
これは睡眠麻痺での体験にも同じことが言えます。睡眠麻痺によって自身の身体の感覚にイメージとのズレが生じた結果、まるで別の存在が近くにいるかのような感覚が生まれるのです。
しかし、これらはすべて私たち自身の感覚に僅かなズレが生じているだけに過ぎません。
肉体的、精神的な状況が影響している
2022年にイギリスのダラム大学心理学准教授のベン・アルダーソン・デイ氏が行った研究では、病院の記録、宗教の儀式、そして過酷な運動や感情の動きからも何者かの存在感か生み出されているのではないかと推測し、調査が行なわれました。
その結果、これらの場面では多くの人が何者かの存在感を近くに感じることがあると報告しています。
特に長時間スポーツをした時や、大切な人を亡くした時など、肉体を酷使した場合や大きな悲しみの感情を持つ場合に、この感覚が強くなることがわかりました。
具体例として論文でも報告されているものの1つに、登山家のラインホルト・メスナー氏の体験があります。
彼は世界で十番目に高い山ナンガ・パルバットの頂上から弟と二人で下山していたとき、「背後にずっと3人目の誰かが一定の距離を保ちながら、私の少し右、数歩離れたところを一緒に降りているのを感じた」と話しています。
これは空間的な位置もはっきり感じており、振り返っても誰もいないという心霊現象のような体験です。
しかし、これも疲労に関連して自身がイメージする体の動きと実際の動きにズレが生じたことで感じた幻覚だと理解されます。
この感覚に関する研究は、歴史的には古いものの、科学的な研究としてはまだ始まったばかりです。
まだ解明されていない部分も多くありますが、将来的にはこの感覚が詳細に説明される日がくるのかもしれません。
「誰かがいる気がする…」と感じる時は、おそらく自分の感覚が何らかの理由でズレを生じさせている可能性があります。
旅行先で不思議な体験をしたという報告が多いのも、ほとんどの場合、旅の疲れが感覚を普段とズラしていることに起因するのでしょう。
運動や仕事で身体が疲れていたり、ホラー映画を見たために精神的に疲弊していたり、逆に感覚が普段より鋭くなっていたり、そうして生じる普段の自分との感覚のズレや違和感が、不安を生み、そこに何者かの存在感を生み出しているのです。
そんなときは気分を落ち着けてリラックスするように努めるといいかもしれません。
それでも感覚が消えない場合は……、ゆっくり後ろを振り向いてみましょう。