しゃくれ界の王様「アリエナカントゥス」とは
1957年、ポーランドの古生物学者であるジュリアン・クルチッキ(Julian Kulczycki)は、同国南部にあるホーリークロス山脈(Holy Cross Mountains)で発見された古代魚の化石について報告しました。
回収された化石標本の中に部位のよくわからない謎めいた細長い骨があり、クルチッキはこれを奇妙な形をした脊椎として記載しています。
属名の「アリエナカントゥス(Alienacanthus)」も”エイリアンみたいな背骨(Alien spine)”の意から付けられました。
時は経ち、1990年代後半から2000年代前半に、チューリッヒ大はパリ国立自然史博物館(MNHN)の化石コレクションの中から、モロッコで発掘された同じ形状の魚の骨を見つけます。
チームはその後もポーランドとモロッコで類似する化石をいくつも発見しました。
そしてこれらの化石標本を合わせて分析した結果、アリエナカントゥスはデボン紀(約4億1600万〜3億5920万年前)に存在した「板皮類(ばんぴるい:Placoderm)」に属することが特定されたのです。
板皮類はデボン紀末までに完全に絶滅した古代魚のグループであり、地球で最初にアゴ骨を持った脊椎動物として知られます。
アーマーをまとったような見た目から”装甲魚”とも通称され、全長6メートル以上に達したと推定される「ダンクルオステウス」が最も有名です。
断片的な化石標本から元の姿を再構築したところ、アリエナカントゥスは尖った鼻先と大きな目を持つ丸みを帯びた頭部をしていたことが分かりました。
しかし最も重大な発見は、脊椎だと思われていた細長い骨が実は「下アゴ」だったことです。
ちょうどカジキの顔をひっくり返したような形で、下アゴだけが異常な長さで伸びていました。
鋭い歯が両方のアゴに生え揃っていましたが、下アゴの歯は上アゴを閉じた箇所の先までも続いています。
その復元イメージがこちらです。
アリエナカントゥスの下アゴは頭蓋骨の2倍の長さがあり、こうした特徴は板皮類だけでなく、他の生物を含めても極めて稀。
アゴが伸びるにしても、魚竜のように両アゴとも突き出るか、カジキ類のように上アゴだけが伸びているのがほとんどです。
下アゴが伸びるケースだと、今日も現生するサヨリがいますが、彼らの下アゴの長さは5〜10センチほど。
これに対し、アリエナカントゥスの下アゴは40センチ以上はあると推定され、サヨリとの相対的な長さを比べても20%ほど長いです。