腸内細菌が抗原を溶かす酵素を持っていた
A抗原やB抗原などの赤血球上の抗原は、タンパク質と糖鎖から構成されています。
糖鎖は炭水化物から構成されており、タンパク質に結合することで様々な反応の目印や手助けを行う機能があります。
実際、私たちの免疫システムも、タンパク質と糖鎖の両方を認識して排除する能力を持っています。
今回デンマーク工科大学の研究者たちは、特にこの糖鎖に着目しました。
もしA抗原やB抗原に存在する糖鎖部分だけでも分解してしまえば、赤血球の機能はそのままに、免疫システムに目をつけられない汎用輸血液を作れる可能性があったからです。
そこで研究者たちが着目したのは、ヒトの腸内細菌でした。
私たちの腸内細菌の中には、腸粘膜の表面でバリアの機能をする、多様な糖鎖を分解して生きているものが存在します。
また意外なことに、腸粘膜表面の糖鎖と赤血球上の糖鎖は化学的によく似ています。
もし私たちの腸内に、A抗原やB抗原に似た糖鎖をエサにしている腸内細菌がいたとしたら、大きな利用価値があります。
ただ、そのような腸内細菌がいたとしても、細菌そのものを血液に混ぜるわけにはいきません。
(※血液に細菌をまぜたらそれは汚染です)
そのため研究者たちはさらに的を絞り込み、腸内細菌が持つ糖鎖の分解酵素に探索の焦点をあわせました。
するとアッカーマンシア・ムシニフィラと呼ばれる腸内細菌の酵素には、組み合わせ次第で赤血球表面のA抗原やB抗原を分解できる可能性があることが判明。
早速研究者たちは抽出された24種類の酵素を組合わせて各種の輸血液と混合し、処理済みの赤血球が免疫システムにどう認識されるかを確かめてみました。
結果、一部の酵素を組合わせることで、A抗原とB抗原に付着している糖鎖を効果的に除去できることが判明しました。
また発見された酵素の組み合わせは極めて効率的であり、室温環境にて最高の赤血球濃度を30分という極めて短い時間で処理することが可能でした。
さらにこの酵素は、つい最近発見されたA抗原の亜種やB抗原の亜種に対しても有効に機能することが明らかになりました。
これら亜種の存在はA抗原やB抗原が実際には1種類だけではなく、複数種類の抗原から成り立っていることを示しています。
過去にA抗原やB抗原を無効化する試みが幾度となく失敗してきたのも、処理しきれなかった亜種が免疫システムに目をつけられ拒否反応を起こしていたからでした。
ただ研究者たちは「臨床試験に臨むにはさらなる研究が必要である」と述べています。
今回の研究で発見された酵素の組み合わせは抗原を分解(特にB抗原に有効)し血液の適合性を高めてくれましたが、まだ基礎研究段階であるため、市販品として普及させるには改良が必要だったからです。
万人が利用する「汎用輸血液」としての安全性を実証することは、決して簡単ではありません。
しかし実現したときの恩恵は、計り知れないものとなるでしょう。