直接コストと間接コスト
動物が子孫を残すには2種類のコストがかかります。
1つは赤ちゃんの体や卵そのものを構築するために必要な「直接的なエネルギーコスト」です。
これは、卵の形成や胎児の成長に必要な栄養やエネルギーを指します。
例えば、母体は栄養を供給し、胎児が骨、筋肉、内臓などの体の構造を発達させるために必要な物質を提供します。このコストは比較的明確で、これまでの研究でも多くのデータが収集されています。
もう1つは、妊娠期間中に母親が身重な体を動かしたり維持したりするために必要な「間接的なエネルギーコスト」です。
これは、母体が胎児を支えるために必要な追加のエネルギーを消費することを指します。例えば、妊娠中の女性は血液量が増加し、それに伴い心臓の働きが強くなります。
また、体重の増加により、日常的な動作や移動においてもエネルギー消費が増加します。
ただ既存の研究は主に直接的なエネルギーコストを定量化することに焦点が当てられており、妊娠に必要な総カロリーについてはあまりよく解っていませんでした。
なぜならば、多くの研究者たちは妊娠に必要な総カロリーのほとんどは、胎児の体を作る「直接的なコスト」が占めていると考えており、母体が支払う「間接的なコスト」は多くても全体の20%に過ぎないと考えられていたからです。
そこで今回、モナシュ大学の研究者たちはワムシからヒトまで81種において、妊娠出産にかかわる総カロリーを計算することにしました。
この調査では、胎児や卵の成長に必要な「直接コスト」と、母体が妊娠期間中に必要とする「間接コスト」の両方が詳しく再計算されました。
さらに、研究者たちは妊娠中の母体が消費する酸素の量の変化も測定しました。
酸素消費量はエネルギー消費の指標となるため、妊娠していない個体と比較することで、妊娠に必要な追加エネルギーを正確に予測できるのです。
酸素の消費量が増えるほど、母体が必要とするエネルギーも増加します。
結果、多くの動物種において、間接コストが直接コストを大きく上回ることが明らかになりました。
これは従来の予測を覆すものであり、妊娠期間中の母体のエネルギー消費がこれまで考えられていた以上に重要であることを示しています。
例えば、哺乳類では、間接コストが総エネルギーコストの約90%を占めることがわかりました。これは、妊娠中の母体が胎児を支え、必要な栄養を供給するために大量のエネルギーを消費することを示しています。
特に妊娠期間が長い人間では間接コストが最も高い96%にも脱しており、直接コストのほうが「誤差」扱いになっていました。
また具体的な消費カロリーを計算したところ、人間の妊娠出産は9カ月の間に5万キロカロリーであることが判明します。
一方で、変温動物(外温動物)の間接コストは比較的低いことが示されました。
(※温血動物は同じサイズの冷血動物に比べて妊娠出産に3倍も多くのエネルギーを必要としていることがわかりました)
これは、外温動物が環境温度に依存しているため、体温調節のためのエネルギー消費が少ないことに起因しています。
ほかにも卵生か胎生かも重要な違いとなりました。
卵を産む種では、卵を産んだ後に保体にかかる間接コストが必要なくなりますが、胎児を出産する種では出産する直前まで間接コストを支払い続ける必要があるからです。
研究者たちは他の動物種についても調査を行い、エネルギーコストの大きな差異を発見しました。
例えば、非常に小さな動物であるワムシでは、1匹の子孫を残すために必要なエネルギーは100万分の1カロリーという極めて低い値です。
一方、オジロジカでは、1匹の子孫を育てるのに11万2000キロカロリー以上のエネルギーが必要です。
このような差異は、動物の体サイズや生殖戦略によるものです。
小さな動物は短期間で多くの子孫を産むことが多いため、1匹あたりのエネルギーコストが低くなります。
一方、大型の動物は長期間にわたり少数の子孫を育てるため、1匹あたりのエネルギーコストが高くなります。
消費カロリーの割合は種によって異なりますが、
研究者たちは、高い哺乳類のメスが出産後の子供の世話に熱心になる理由も、間接コストの大きさが理由になっている可能性があると述べています。
妊娠から出産に掛かる間接コストは総コストと連動しており、費用対効果的にも容易に「次」を作ることができないからです。
哺乳類の母親が子供を愛する機能は、エネルギーの投資を無駄にしないための「自分に対する愛」でもあるのかもしれません。
母親が子供を大切にすることで、出産にかかった大きなエネルギーコストを回収することができるからです
この観点から見ると、哺乳類の母親が子供を大切にする理由は、非常に理にかなっていると言えるでしょう。
1日200キロカロリーと考えるとかなり少なく感じるな
おやつ1食分くらいか?