誰でも「エコロケーション」の使い手になれる!
音響学者たちはこれまでの研究で、コウモリやイルカに比べると遥かに見劣りするものの、人でも十分にエコロケーションを使えることを明らかにしています。
エコロケーションの習得ために身につけるべきことは、たったの2つ。
1つは舌と口蓋(こうがい:口内の天井部分)を使って舌打ちによるクリック音を出す方法を覚えること。
もう1つはクリック音の反射による音のわずかな違いや変化を聞き分けられるようにすることです。
クリック音の出し方はまず、舌先を上の歯のすぐ後ろの口蓋に強く吸着させるように押し当てます。
そして口蓋と舌の吸着面を瞬時に引き離すことで「タンッ!」というクリック音が出せます。
これは特に難しいスキルを必要としないので、ほとんどの人がすぐにできるようになるでしょう。
これを踏まえて、ダラム大は2021年に、普通に目の見える健常者14名(平均年齢26歳)と盲目の視覚障害者12名(平均年齢45歳)を対象に、エコロケーションが習得できるかどうかの訓練を行いました。
実験では10週間にわたり計20回のトレーニングセッションを順番に実施します(週2回の各2〜3時間のトレーニング)。
最初は目隠しをした状態(視覚障害の被験者はそのまま)でクリック音を発してもらい、目の前に置いた標的のサイズや角度を反響だけで見分けられるように訓練しました。
その図解がこちらです。
それが終わると次に、仮想の音響ナビゲーションタスクをコンピューター上で行いました。
ここでは下図のような6つの仮想迷路を使います。(長方形の四角がスタート地点で、黒い波線がゴール地点です)
参加者は迷路が見えない状態のまま、現在地で聞こえる反響音を頼りにどのように進むかをキーボード選択で行います。
キーボードの詳細は下図の右側の枠内に示されており、例えば、「W」を押すと現在地から一歩前に進み、「S」を押すと現在地から一歩後ろに下がります。
被験者は迷路の壁にぶつからずに進めるよう訓練しました。
その結果、わずか10週間のトレーニングで、目の見える健常者と盲目の視覚障害者の両方においてエコロケーションのスキルが向上し、反響音だけで物体のサイズや角度を当てたり、壁にぶつからずに迷路をクリアできるようになったのです。
また被験者には21歳から79歳まで幅広い年齢層の方々が参加していましたが、年齢による成績の差は見られませんでした。
これは年齢に関係なく、誰もがいつでもエコロケーションを習得できることを示唆します(ただし反響音を聞き取れるだけの聴覚は必要です)。
また視覚障害の被験者については実験から3カ月後に追加調査を行いました。
すると被験者はエコロケーションを日常的に使うことで日々の移動能力が改善したと実感し、さらには自立性や幸福感も向上したと答えていたのです。
音で周囲を「視える化」できるようになったことで、世界が今までより開けて感じるようになったことが関係しているのかもしれません。
さらにチームは重大な発見として、エコロケーションを習得した人々は、視覚障害者も健常者も含めて、反響音を聞くと脳内の視覚野が活性化し始めることを特定したのです。
これはエコロケーションの訓練をしていない人には見られない脳の反応でした(上図を参照)。
この変化について研究者らは「エコロケーションの訓練を通じて、脳の視覚領域を音のイメージ化のために使えるようになったことが原因だろう」と指摘します。
さらにその上で「脳の視覚領域は単純に視覚情報の取得のためだけに存在するのではなく、訓練次第では、脳領域の役割を柔軟に変化できることを示唆している」と述べました。
エコロケーションの習得は視覚障害の方々には、すぐにでも生活の役に立つスキルとなるはずです。
一方で、目の見える人にとってはエコロケーションが直ちに役立つツールとはなりにくいでしょう。
しかしエコロケーションの訓練をしておけば、緊急の停電時などにスムーズな移動を助ける手段となるかもしれません。