生命のステ振りは単純ではない
RPGが好きな人ならば、初期ステータス配分に頭を悩ませたこともあるでしょう。
生命力、攻撃力、防御力、素早さ、魔力、耐性といった基本的な要素の他にも、種族選択があるゲームでは種族特有の特技も考慮する必要があり、拘り始めるとあっという間に時間が溶けてしまいかねません。
ただ大抵のゲームの場合、頭を悩ますのはポイントを注ぐことで得られるプラス効果の範囲になります。
基本ステータスの場合は特にその傾向が強くなっています。
たとえば生命力に1ポイントを降ったらHP(ヒットポイント)が10伸びるとしたら、2ポイント注ぐべきか、それとももっと注ぐべきか……というように、基本的には増加分を悩むことになります。
しかし現実世界の生命は、より複雑な設定を受けています。
ある遺伝子を獲得して特定の能力を伸ばすと、同時に他の能力で不利益も被ることがあるからです。
極端な例はウスバカゲロウの成虫です。
彼らは生殖能力に全てを注ぎ込んだ遺伝子セットを獲得した結果、動物にとって基本的なパーツであるはずの「口」を失い「餓死する前に子孫を残す」という運命を背負わされることになります。
ウスバカゲロウほど極端な例はまれですが、他の動物も多かれ少なかれ、遺伝子の獲得による恩恵(バフ)と不利益(デバフ)の両方を受けています。
植物の世界も同じであり、たとえばアスパラガスを感染から守る耐性遺伝子(R遺伝子など)の数と成長能力の関係を調べると、耐性遺伝子の数が多くなるほど成長速度が鈍化することが報告されています。
ゲーム風に言うならば「耐性」にステを降り過ぎると、「成長(レベルアップ)」しにくくなるデバフを受けてしまうと言えるでしょう。
もしそのまま極端さを追求し続けた場合、耐性だけは最強なのにレベルアップが絶望的に遅いキャラが誕生してしまいます。
それでも構わずゲームを始めれば、低レベル時には何度もゲームオーバーを迎えてしまうでしょう。
ゲームならばやり直しができますが、生物は死んだら終わりです。
そのため現実世界には、耐性だけ最強で、初期状態(双葉状態など)から何年も成長しないような植物はほとんど存在しません。
同様の耐性と成長速度の負の相関関係はアスパラガス以外の植物でも報告されています。
しかし個々の植物を調べるだけでは、植物全体で同じ傾向があるかはわかりません。
アスパラガスの研究から「断言」できることは、アスパラガスについてのみです。
マウスで効いた抗がん剤が人間で効かないケースがあるのも、マウスでの実験結果をそのまま人間に当てはめられない証拠です。
そこで今回、ヘルシンキ大学の研究者たちは、これまで収集された植物の研究データを分析し、耐性遺伝子と成長能力の広範な関係を調べることにしました。
多数の植物を調べることができれば、耐性と成長能力の関係が植物全体に存在している可能性が高くなるからです。
すると耐性遺伝子の数が植物間で著しく異なっており、44から2256個の範囲にあることが判明。
たとえば先に述べたアスパラガスの場合は耐性遺伝子が72個であるのに対し、唐辛子のある品種では1095個もの耐性遺伝子を持っていました。
また耐性遺伝子と植物たちの成長特性を比較したところ、耐性遺伝子の数が多い植物ほど成長能力が低いことが判明しました。
このことから研究者たちは耐性遺伝子数と成長能力の間の負の相関は植物全体にみられる現象だと結論しました。
さらに研究者たちはこのような負の相関が起こる理由として特性の「割り当てコスト」が存在することを指摘しています。
個々の耐性遺伝子には採用するためにある種のコストを支払う必要があり、その負担が成長能力を鈍らせているわけです。
というのも、耐性遺伝子を活性化させ耐性を獲得するには、当然ながらエネルギーが必要になります。
また耐性遺伝子はウイルスや細菌と戦うための仕組みであり、植物の成長にはあまり寄与しません。
そのため耐性遺伝子を持ち過ぎた場合、耐性機構に多大なエネルギーを吸い取られ、結果として植物の成長能力が犠牲になってしまうのです。
これをあえてゲーム風のシステムに落とし込めば「耐性」能力を維持するためにキャラの成長に必要な経験値を消費してしまっている……という仕組みが動いていると言えるでしょう。
植物たちは自らに与えられた可能性をもとにさまざまな遺伝子を獲得したり失ったりしながら多様性を築き上げてきたのです。
一方、今回の研究では野生植物だけでなく、人間の品種改良を受けた農業種についても分析が行われました。
すると野生種とは違い、農業種には耐性と成長能力の負の相関関係が見られないことが判明しました。
人間の管理のもと育てられる農業種では、自然環境と異なる人間の好みによる選択が行われていることが原因だと考えられます。
今回の発見は、植物が自然の中でいかに限られたリソースを効率的に配分しているかを示しています。
このメカニズムを活用すれば、将来的には植物の遺伝子操作や交配によって、適切なバランスを保ちながらも、強靭で成長速度の高い品種を育てることができるかもしれません。
このような技術は絶滅危惧種の植物の個体数を回復させるのに役立つと期待されます。
また植物の耐性システムの理解が進むことで、今後は、特定の環境に適応した効率的な植物の育種や、地域ごとの環境変化に対応できる作物の開発が可能となるでしょう。