みんな大好き「多世界解釈」が危機を迎えている:理論的な大黒柱が崩壊
みんな大好き「多世界解釈」が危機を迎えている:理論的な大黒柱が崩壊 / Credit:Canva
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みんな大好き「多世界解釈」が危機を迎えている:理論的な大黒柱が崩壊 (5/6)

2025.01.14 17:00:02 Tuesday

前ページ第4章:多世界解釈と保存則

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第5章:多世界解釈の危機、理論的な大黒柱が崩壊

多世界解釈の危機
多世界解釈の危機 / Credit:Canva

これまで扱ってきたように、量子力学には「測定による波動関数の収縮」という不思議なプロセスがあり、これをどう解釈するかが大きな論点となってきました。

また、同時に「観測時に保存則が破れてしまうかもしれない」というパラドックスがあり、多世界解釈(MWI)は「宇宙が測定のたびに分岐しているから、全体としては保存則が保たれる」という視点でこの問題に答えようとしてきました。

ところが近年、イギリス・ブリストル大学のサンドゥ・ポペスク(Sandu Popescu)とダニエル・コリンズ(Daniel Collins)が主導する研究によって、「単一世界」であっても、保存則は破れていない可能性があると示唆されました。

重ね合わせを発生させる装置を考慮に入れる

Collins & Popescuは2020年代初頭ごろから続く一連の研究の中で、「測定による保存則の破れ」と見なされてきた現象を、より広い視点で捉えなおすという試みを続けていました。

通常、実験では電子や光子を特定の量子的状態に準備する段階が必要です。

たとえば特定のスピン状態や特定の運動量状態などを作り出すレーザーや電磁場があり、こうした重ね合わせを作る装置(状態準備装置)を「プリペアラー」と呼ぶことがあります。

(※プリペアラーには重ね合わせ以外にもさまざまな量子的状態を作るものが含まれます)

多くの人は、測定器(例:検出器)と被測定系(例:電子)の相互作用ばかりに注目しがちですが、実際にはプリペアラー(状態準備装置)もまた量子系であり、被測定系とエンタングルメント(量子もつれ)を形成している可能性があります。

Collins & Popescuは、このプリペアラーが見過ごされてきた点こそが、保存則の破れを招いているように見える根本原因ではないかと指摘しました。

たとえば「重ね合わせ状態を作り出す装置」は、その粒子と何らかの相互作用をしているため、量子力学的には“系+プリペアラー”の間でエンタングルメントが生じていると考えられます。

つまり、単純に「粒子だけが重ね合わせ状態になっている」のではなく、「粒子とプリペアラーが一体となって重ね合わせ状態を共有している」のです。

ここが重要なポイントです。

プリペアラーの側にも運動量や角運動量、あるいはエネルギーなどがやり取りされている可能性がある場合、測定によって粒子の運動量が特定の値になったとしても、その変化は「分岐した別の世界線ではなくプリペアラーが補償している」のではないか、というわけです。

この仮説を証明するためCollins & Popescuは理論モデルを組み立て、保存則を破っているように見える場合、それを補うのが別世界なのか、実験装置内の重ね合わせを作る装置なのかを調べました。

結果、破れたようにみえる保存則の埋め合わせが別世界ではなく、重ね合わせを作り出す装置によって行われていることが判明しました。

観測者や測定器が出番になるより先に「粒子を重ね合わせ状態にしておく装置(プリペアラー)」があって、そこからまだ少し残っているエンタングルメントが測定結果の“ズレ”を帳消しにしてしまうのです。

つまり「測定そのものより前の段階で粒子と装置が結びついているため、その結びつきが最終的な値を調整し、あたかも保存則が破れていないかのように埋め合わせさせるのだ」と彼らは主張しているわけです。

さらに衝撃的なのは、彼らが「これは単なる確率的なアベレージ(平均)として成り立つのではなく、“一回限りの測定イベント”においても成り立つ」と述べていることです。

従来、エネルギーや運動量の保存則は「多数回の測定を繰り返した統計的な結果として成立する」と考えるのが常識でしたが、Collins & Popescu は「各測定ごとに厳密に保存則が成立している可能性」を数理的に示しました。

この結果は、多世界解釈の整合性に大きな影響を与えます。

なぜなら、並行世界を仮定せずとも、単一の測定結果のなかで保存則を満たせる可能性が示唆されるからです。

もし本当に「単一の測定においてすら、保存則が破れていない」ならば、多世界解釈を支える大黒柱──「保存則を守るための枝分かれ仮説」──が崩壊することになります。

極論するならば「この世界だけで説明できるとすれば多世界解釈は必要ない」ということになります。

もちろん、これが即「多世界解釈を完全に否定する」という結論には直結しません。多世界解釈は「測定問題の収縮」全般を回避するための思想であり、保存則の問題だけがその存在意義ではないからです。

またCollins & Popescu は「多世界を否定」しているわけではなく、あくまで「単一の測定イベントでも保存則が守られる構造がある」と指摘しています。

しかし「多世界を導入しなくても保存則が成立する」のなら、「そもそも多世界を仮定する必要はあるの?」という問いが当然浮上してきてしまうでしょう。

次ページ第6章:まとめ「多世界解釈の危機は発展の痛み」

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