第3章:なぜ多世界解釈は研究者にも「人気」なのか
なぜ多世界解釈が人気なのか?
SFファンの目線からみれば、基底世界を出発点にして分岐した世界線を旅する物語が魅力的に思えるからでしょう。
5秒前に分岐した世界、5年前に分岐した世界、50年前に分岐した世界……それぞれの世界を描くことそのものが、読者を惹きつけるからです。
さらにそこに主人公による「介入」ができたならば……それだけで妄想がいろいろ広がります。
しかし多世界解釈が量子力学の真面目な研究者からも支持を集めているのは、(当然のことですが)彼らが単にSFファンだからという理由ではありません。
研究者からも多世界世界が人気なのは、量子力学の測定問題をはじめ、理論全体のシンプルさや宇宙論との親和性など、いくつかの重要な要素があります。
まず先に述べた量子力学が抱える最大の難問となる「測定問題」です。
通常の解釈では、測定によって波動関数が“収縮”し、重ね合わせ状態が一つの実測値に確定すると考えます。
しかし「なぜ観測の瞬間だけ特別なのか?」「その“収縮”とは具体的にどんな物理過程なのか?」と問われると、納得のいく説明は難しく、物理学者たちは長年、頭を抱えてきました。
多世界解釈は、この収縮という不可解なプロセスをそもそも導入しないことで問題を回避します。
観測者と被観測系の間で起きるのはあくまで通常の量子相互作用であり、そこから生じる重ね合わせの拡大が「世界の分岐」として解釈されるのです。
極論すれば「どんな状況でもどんな場合でもシュレディンガー方程式は破れない(収縮しない)ため、常にシュレディンガー方程式に従うだけでよい、というシンプルさ」があるわけです。
また古典物理学との相性の良さも人気の理由となっています。
古典物理の世界では、観測しようがしまいが結果は同じというスタンスをとります。
多世界解釈は重ね合わせは否定しませんが、重ね合わせ状態に対する干渉項目が事実上ゼロになる、つまり分岐した世界線同士が互いに干渉しなくなるため、観測者からは他の分岐が見えなくなり、自分のいる世界では結果として古典物理に従っているようにみえるのです。
さらに多世界解釈は小さな量子の世界と日常の大きな世界を連続的に考えることを可能にします。
「測定時の収縮」を省くことで、「どこからが量子でどこからが古典か?」という問題を回避できるのは大きな魅力と言えるでしょう。
そして先に述べたように、多世界解釈は最先端の宇宙論とも親和性が高いことも特徴となっています。
たとえば宇宙全体を一つの巨大な量子系としてみなしたとき、「ビッグバンの時点からすべての可能性が重ね合わさり、そのまま現在まで分岐し続けている」という壮大な絵が描けるのです。
この場合、宇宙のどこにも観測者や測定の特別な境界を設けることなく、さまざまな現象に対して純粋に量子力学を適用することが可能になります。
またもし波動関数が宇宙全体を記述するなら、複数の歴史や未来が同時に展開されることも不思議ではないことになります。
こうした視点は、現代の物理学者にとって新たな理論構築の可能性を示唆します。
たとえば、マルチバース理論(多宇宙論:注意・多世界解釈とは別理論)やインフレーション理論などとの組み合わせで、宇宙の始まりや構造を考察する際に、多世界解釈を意義深いツールとみなす研究者もいます。
これらの理由から、多世界解釈は「奇抜だけれども深い理論的整合性を持った解釈」として多くの人を魅了してきました。
観測時の不思議な収縮を排除できるシンプルさ、そして古典物理学や宇宙論との連続性を強調できる点が、高く評価されているのです。
人間で例えるならば「変わり者だけど変わり者なりに筋が通っている人」のようなものです。
そのような人は、使い方次第では社会に有益なように、物理学の世界でも多世界解釈の視点を道具として使うことで、理論的発展に有益となるのです。
理論としてもロマンがあり、理論ツールとしても強力であるとなれば、研究者目線でも人気が出て当然でしょう。