たった1回の投与で腫瘍が消滅
今回の研究でとりわけ驚きなのは、「たった1回の投与」という点です。
通常、新しい薬剤をマウスに試す場合、小さな腫瘍なら1~2週間、あるいはそれ以上にわたって毎日あるいは数日おきに投与することが多くなります。
しかしErSO-TFPyの場合、マウスの体内にある直径数ミリ程度の小さな腫瘍ならば1度の注射でほぼ消失し、さらに直径1センチを超えるような大きめの腫瘍(およそ500~1500 mm^3)でも1度の投与で劇的な縮小をもたらしたというのです。
しかも、その後の観察では体重の変化や行動異常など大きな副作用もほとんど確認されませんでした。
これは動物実験段階の結果ではあるものの、「単回投与で腫瘍を消失させ、かつ副作用が少ない」という組み合わせは医薬品開発において極めて希少です。
研究では、ErSO-TFPyは血中に長時間とどまるわけではないものの、短期間でがん細胞を“自滅”の方向に追い込むため、その後に薬が分解・排泄されても腫瘍は縮小し続ける、というメカニズムが示唆されています。
詳しく見てみると、ErSO-TFPyはTRPM4という特定のイオンチャネルを介して細胞内部のイオンバランスを大きく崩し、がん細胞を急速に膨張・破裂させるように誘導します。
これは「壊死(ネクローシス)」と呼ばれる細胞死の様式で、通常のアポトーシスよりも細胞が“破裂”するイメージに近い現象です。
免疫不全マウスを用いた実験でも、腫瘍が大幅に縮小したため、免疫細胞が活発にがんを攻撃しているのではなく、薬剤そのものが直接的に細胞を殺傷していることがうかがえます。
これらの成果はまだ動物実験レベルの話であり、人間の体でも同じように作用するかは今後の臨床試験で確かめる必要があります。
ただ、マウスモデルでは本当に目を見張るような結果が出ており、もしヒトでも「1回の投与で長期にわたる腫瘍縮小効果が期待できる」なら、現行の長期ホルモン療法から大きく治療体系が変わるかもしれません。