人間はチンパンジーの文化も破壊している

今回の研究では、各コミュニティのジェスチャーが長年にわたり追跡されました。
その結果、調査期間中に北コミュニティでかつて多用されていた「拳でコンコン」のジェスチャーが消失していることが明らかになりました。
この北コミュニティでは、1990年代から2000年代初頭までオス個体数の減少が顕著で、最後の成体オスである1頭(Marius)が2004年に密猟者に殺害された後、群れ内に十分な数の成体オスがいない期間が続きました。
その後、オスの数が回復しても、既に途絶えたジェスチャーは復活しませんでした。
研究者たちは、北コミュニティでの「拳でコンコン」の消失が、人口減少や雄の不在による学習機会の喪失によって生じた文化的多様性の喪失を示す例であり、今後のチンパンジー保護において極めて重要な意味を持つと考えています。
人間によるチンパンジーの殺害は、単に個体数を減少させるだけでなく、受け継がれてきた文化をも抹殺しているのです。
同様に、担い手の消滅による文化の途絶は、人間社会でも多く見られる現象です。
日本においては、明治時代以降に国家の一体性を重視する政策が進められた結果、アイヌ文化や言語の使用が抑制され、アイヌ語や伝統的な知識の伝承が大きく損なわれた事例が知られています。
こうした人間社会における文化の衰退と同様に、チンパンジーの世界でも担い手の消滅は大きな打撃を与えることが分かりました。
彼らにとってジェスチャーは、単なる習慣ではなく、コミュニティをつなぐ重要な「言語」として機能しています。
この研究は、遺伝的多様性だけでなく文化的多様性をも含む、総合的な保護の重要性を示唆しています。
今後は、森林伐採や密猟を防ぐだけでなく、野生動物の社会構造やコミュニティの学習環境を守ることが不可欠です。
私たちがチンパンジーの文化を守るためにできることは何か――この問いが、次世代の保護活動の方向性を示す鍵となるでしょう。