FCRが示す「超大食漢」ぶり
マグロのエネルギー要求量の大きさは、飼育現場でのFCR(Feed Conversion Ratio)という数値を見ればさらに明確です。
FCRとは「魚を1.0kg成長させるために、何kgの餌が必要か」を示す指標です。
たとえば、FCRが2.0なら1.0kg増やすのに2.0kgの餌がいることになります。
多くの養殖魚では3以下が一般的です。
しかし、マグロの養殖においては10:1から15:1にも及ぶケースが報告されており、場合によってはそれ以上になることもあるといいます。
つまり、同じ1kgの増体を得るために、他魚種の数倍〜数十倍もの餌を与えなければならない可能性があるのです。
この値は、マグロが常時泳いで体温を維持するために膨大なカロリーを燃やしていることを如実に物語ります。

では、なぜこれほどまでにFCRが高くなってしまうのでしょうか。
理由の一つは、マグロが外洋や低水温域でも高速遊泳を続けるため、基礎代謝量が他魚種を大きく上回るからです。
また、筋肉と内臓全体が常に高い酸素消費率を保つため、高脂質・高タンパクの餌を大量に取り込まないと体内のエネルギー需要を満たせません。
マグロのエネルギー需要を満たす際に注目されるのが、飼料中の脂肪酸組成です。
とくにマグロにはDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)といったn-3系の必須脂肪酸が重要で、これらを多く含む飼料でないと成長効率が極端に落ちるリスクがあります。
実際に、養殖業者はイワシやサバ、サンマなど脂肪分の多い小型魚やイカを中心に餌を与えたり、さらに飼料にビタミンやミネラル、リン脂質を添加して成長を促進したりする研究を継続的に行っています。
また、研究者たちは「そもそも生魚の切り身だけでなく、人工飼料でどこまで効率的に育つのか?」という問いを追究しています。
ミナミマグロの飼育では、長らく凍結したイワシ・サバなどを主要な餌とする方法が取られてきました。
しかし、これにはコスト面や輸送面などの課題がありました。
一方で、魚粉や魚油をベースに、さらに大豆由来のたんぱく質や植物性油脂などを加えた半湿潤タイプやペレットタイプの飼料開発が試みられており、すでに一部の研究では成長度合いが生餌と同等かそれ以上の成果をあげた例も報告されています。
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しかし、マグロほどの高速代謝魚だと、理想的なアミノ酸バランス・脂肪酸バランスを保つのが容易ではなく、未解決の技術課題も多いようです。
こうした中で特に注目されるのが、FCRの大幅な改善に向けた取り組みです。
仮にマグロのFCRを半分に抑えられれば、コスト削減や環境負荷の軽減、安定的な供給体制の確立などに大きく寄与します。
しかし実際には、マグロの餌を燃費だけで評価すると、どうしても数字が大きく、効率が悪く見えます。
これはマグロ特有の高い代謝と大きな活動量による宿命といえます。
だからこそ飼料研究は、超大食漢の体内にピタリと合う栄養設計を模索し続けているのです。
魚粉自体の品質にこだわるだけではなく、DHA・EPA比率の高い魚油や、免疫・抗酸化機能を高めるためのビタミンE・Cの添加量など、細かな調整が鍵を握ると考えられています。
今後はマグロ養殖における効率的かつ持続可能な餌の開発はますます重要性を増していくでしょう。
高品質なマグロの需要は日本だけでなく欧米やアジア各国でも拡大しつつあります。
この需要に応えるために、より低FCR・高成長を実現する飼料技術の確立が必須であり、各国の研究機関や水産企業が盛んに新技術を模索しています。
マグロは高速遊泳と体温維持という特異な生態をもつため、他の魚と比べても圧倒的にエネルギー消費量が大きく、その結果として大量の餌を必要とします。
FCR(飼料要求率)の面でも非常に高い数値が示され、「超大食漢ぶり」が際立つ生き物です。
こうした燃費の悪さこそがマグロ特有の持久遊泳と力強さを支える源ですが、一方で経済的・環境的な持続性の課題でもあります。
今後も私たちがマグロを手軽に楽しみ続けるためには、FCRを下げるための革新的な飼料開発や養殖技術の進歩が重要なテーマになるでしょう。
マグロの止まらない生態に寄り添う栄養設計こそが、未来の食卓を左右する大きな鍵となりそうです。