考古学的価値と悲劇的な破壊、そして再生

考古学の世界では、ふだん捨てられてしまう“ゴミ”こそが貴重なタイムカプセルになり得ます。
ロイズ銀行糞石も、よほど特殊な条件がそろわなければ形を保ったまま残ることはありませんでした。
その最大の理由は、発見現場が湿った泥炭層だったことにあります。
一般的に排泄物はすぐに分解されてしまいますが、空気がほとんど通らない泥炭の中では腐敗が進みづらく、結果として糞が「化石化」するに至ったのです。
こうした保存状態の良い“日常の遺物”は、バイキングの人々がどんな生活をしていたのかを直接伝えてくれる、非常に価値の高い資料といえます。
武器や宝物だけでは分からない健康や食生活の実態が浮かび上がるからこそ、学者たちはこの糞石に注目してきたのです。
しかし、歴史的に貴重なものとはいえ、どんな展示物にもハプニングはつきものです。
2003年には、ロイズ銀行糞石を保管・展示していたヨービック・バイキング・センターで大事件が起こりました。
校外学習に来ていた教師が誤って展示ケースを倒してしまったと伝えられており、糞石が地面に落下しました。
見事に三つに砕け散ってしまった貴重な化石に、専門家たちは青ざめました。
幸いにも、その後は熟練の修復技術によって無事に元の姿に戻されました。
まるで古代の壺や陶器を修復するかのような細心の作業が必要だったといわれています。
こうした波乱を乗り越えて、今もロイズ銀行糞石はヨークの博物館で、多くの人に「バイキングのリアルな生活」を語りかけ続けているのです.
こうして振り返ってみると、ロイズ銀行糞石はただの“大きな糞”にとどまらない、歴史の生き証人…いえ「証糞」とも言える存在です.
バイキングの食生活や寄生虫感染など、当時の生活をありありと映し出してくれる貴重な資料であり、しかもその保存には数百年にわたって運よく“奇跡的な環境”が整っていました.
また、展示中に事故で壊れるというドラマを経ながらも、修復を経て現在まで大切に保存され、多くの人々にそのユニークさと学術的価値を伝え続けています.
一見地味に思われがちな糞ですが、私たちの知らない歴史の秘密がぎっしり詰まっています.
今後もさらなる研究が進むことで、「バイキングの人々はいったい何を考え、どんなふうに暮らし、どのように健康を保っていたのか」といった疑問に、より詳しく迫れるかもしれません.
歴史を動かすのは英雄や王様だけではなく、普通の人の“何気ない一日”であっても、その痕跡が未来の誰かにとって大きな手がかりとなるのです.
もしヨークを訪れる機会があったら、ぜひヨービック・バイキング・センターをのぞいてみてください.
王冠や宝物とはまた違う、けれども同じくらい貴重な「ロイズ銀行糞石」が、あなたを1200年前の世界へとタイムスリップさせてくれることでしょう。
湿った泥炭層にものを沈めることで長期の保管が可能になるのなら、タイムマシンで過去に戻った人間が当時の記録を現代に残すためにわざとそこに沈める、なんて話があったら面白いかもなって思いました。
天然のタイムカプセル。
場所が場所ですから後世の発見者も誰もそれが人為的なものだとは疑わないという。
写真はないのか