そもそも「他人の赤」を比べるのは無理なのか?過去の限界への挑戦

「私たちは同じ刺激を見ているのに、頭の中の体験は本当に同じなのか」。
この問いは意識研究の中心的なテーマの一つであり、こと色覚の領域では「赤」と呼ばれる色を人々が同様に経験しているのかが長らく議論の的になってきました。
なぜなら、赤色という物理的な光の波長は同じでも、脳内で生じる主観的な色体験がほかの人と一致しているかは容易に証明できないからです。
一部の哲学者は「主観的感覚(クオリア)は本来、他者と比べることさえ不可能」と主張します。
一方で心理学や神経科学の分野では、色の認識や行動実験データなどを定量化して比較するさまざまな試みがなされてきました。
たとえば、脳画像データや行動実験の結果から「類似度行列」を作り、それらを統計的に比べる手法としてよく使われるのがRepresentational Similarity Analysis (RSA)です。
通常は「赤い刺激なら赤い感覚に対応しているはず」という前提が暗黙に含まれているため、もしも誰かの“赤”が他の人の“緑”に相当していても、それを見落とす可能性があります。
そこで最近は、色の名前や波長などのラベルに頼らず、「あくまで人が感じた“色同士の類似度”だけを手がかりに、どこまで構造を一致させられるか」を探るアプローチが注目されはじめました。
このようなアプローチは、心理学だけでなく最適化手法など計算論の世界と融合することで、より柔軟かつ精密に「主観のマッピング」をすることを狙ったものです。
研究者たちは、こうした理論を現実に応用できれば、刺激単位ではなく「感じ方」に注目して、他人と自分の主観的世界を比較する新たな道が開けると考えています。
そこで今回、研究チームは典型的色覚とcolor-blind(色盲)などの色覚特性が異なる人の両方から大規模にデータを集め、ラベルに頼らない無条件(unsupervised)の最適マッチングを導入することで、「そもそも同じ赤が赤に対応しているのかどうか」を問い直す壮大な実験に踏み切りました。