パーキンソン病の「匂いの正体」を突き止める
では、パーキンソン病は一体どんな匂いを発しているのでしょうか。
研究の結果、パーキンソン病は皮膚から分泌される皮脂にわずかな変化をもたらすことがわかりました。
特に額、背中、頭皮といった皮脂の多い部位から独特な匂い成分が発せられていることが、ジョイさんとの共同研究で突き止められたのです。
その成分のひとつに、ワックス状でかび臭い香りを持つ「オクタデカン酸メチルエステル」という分子が含まれていました。
バラン教授のチームは、皮膚を綿棒で軽く拭き取り、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)という手法で成分を分析。
その結果、約27,000もの分子特徴が検出され、そのうち約10%がパーキンソン病患者で特異的に変化していることが判明しました。
つまり、単一の”パーキンソン分子”が存在するわけではなく、病気に伴う複雑なパターンの変化を、ジョイさんの超人的な嗅覚は嗅ぎ分けていたのです。

これまで皮脂が診断ツールになるとは誰も考えたことがありませんでした。
しかしバラン教授は「皮脂が個々の病態や治療効果までも反映している」と指摘し、その重要性を強調しています。
現在では、ジョイさんの嗅覚能力にヒントを得て、人工鼻や訓練犬、さらにはAIを用いたシステムの開発も進んでいます。
たとえば、医療探知犬団体「Medical Detection Dogs」との共同研究では、ゴールデンレトリバーとラブラドールのミックス犬「ピーナッツ」が、ジョイさんに匹敵する嗅ぎ分け能力を示しました。
また、バラン教授は「セボミックス社(Sebomix Ltd)」を設立し、採取した皮脂を使った診断法の確立に取り組んでいます。
こうした新たな検査方法は、発症の何年も前にパーキンソン病を検出できる可能性を秘めているのです。
ジョイさんの驚異的な嗅覚と、それを科学の力で応用しようとする挑戦は、私たちに”匂い”という新たな健康指標の可能性を教えてくれています。