“恐怖の欠落”神話を再検証する

私たち人間は、相手の表情から感情を読み取ることで、相手の意図や状況を推し量り、適切に反応しようとします。
ところが暴力的な行動に走る人は、この感情読み取りのプロセスにどこか特徴的な違いがあるのではないかと、心理学者たちは長年考えてきました。
特に議論となってきたのが、次の2つの仮説です。
他者が見せる「恐怖」の感情シグナル(怯えた表情など)を暴力的な人はうまく認識できないために、
相手が恐れていても気付かずに攻撃をやめられないのではないか、という考えです。
実際、過去の研究では反社会的傾向のある人々やサイコパス傾向のある人が、
他人の恐怖表情の認識に苦手意識を示すケースが報告されていました。
この理論では「恐怖などの弱さを示す表情に気付けないこと」が、
攻撃衝動の抑制失敗につながると説明します。
2つ目は敵意帰属バイアス仮説(HAB理論)
暴力的な人は相手の意図を過剰に敵意的だと解釈しやすい、という考えです。
つまり、表情がはっきりしない曖昧な場合でも「この人は自分に敵対的=怒っているに違いない」と思い込んでしまう偏りがあり、
それが先制攻撃や過剰な攻撃性につながるというものです。
過去のいくつかの研究では、攻撃的な人ほど怒りの表情に敏感だという結果も報告されており、
これは敵意帰属バイアスの存在を示唆するものとして議論されてきました。
これら二つの理論は真逆のメカニズムを提案しており、
暴力的行動の原因理解や介入方法にも大きな影響を及ぼします。
恐怖表情の認識障害が原因であれば、
暴力的傾向を抑えるには恐怖など弱さを示すサインを読み取る訓練や感受性を高める治療が考えられます。
一方、敵意の誤解が原因であれば、
認知の偏りを修正して「相手は自分に敵対していないかもしれない」と解釈できるよう支援することが有効かもしれません。
研究チームはこの論争に決着をつけるべく、新たな実験的検証を行いました。