悪役の「何見てんだテメー」というセリフは実は悲しい

この研究は、暴力的行動の背景にある認知メカニズムについて意外な真実を明らかにしました。
以前から囁かれていた「暴力犯罪者は他人の恐怖を感じ取れない」というイメージは否定され、むしろ「他人の顔に自分への敵意を見出しやすい」という偏った物の見方が浮かび上がったのです。
では、なぜこのような怒りバイアスが生じるのでしょうか。
専門家はその要因として、過去のトラウマや育った環境との関連を示唆しています。
実際、暴力的な傾向を示す人々の中には子どもの頃に虐待やネグレクトを経験した人が少なくありません。
幼いころから周囲に敵意や危険が満ちた環境に置かれると、常に身を守るために他者の意図を警戒的に読み取るクセがついてしまうことがあります。
「笑っているように見えても本当は怒っているのでは?」「この人は自分に危害を加えるかもしれない」と疑いながら対人関係を築くうちに、次第に中立的な表情でさえ敵意のサインとみなしてしまう偏った認知パターンが形成されるのかもしれません。
これは心理学で「敵意帰属バイアス」と呼ばれる現象で、一般人でも怒りっぽい人は程度の差こそあれ持っている傾向です。
暴力犯罪者の場合、そのバイアスが極端であるがゆえに、ちょっとした表情の曖昧さにも「相手は自分を怒っている=攻撃してくるつもりだ」と反応し、先手を打って暴力に訴えてしまうことがあるのではないでしょうか。
もう一つの要因は、個人の攻撃性気質そのものです。
日頃から怒りっぽく衝動的な人は、自分自身がすぐカッとなる分、他人もすぐ怒るものだと投影して考えてしまうことがあります。
また怒りで興奮しているとき、人は相手の表情を正確に読む余裕がなくなりがちで、ニュアンスを考えるより即座に「相手も怒っているに違いない」と決めつけてしまうかもしれません。
「何見てんだテメー」のセリフに潜む悲しい背景
テレビや映画などで暴力的傾向をもつ人物がしばしば「何見てんだテメー」のように“視線を向けられたこと自体”を敵対的メッセージと受け取ってしまう背景には、怒りバイアスが強い人は「見られている=敵意がある」と即断するため、「何見てんだ」と攻撃的な防衛反応が引き起こされやすくなるのかもしれません。
また攻撃性の高い人の一部には、自己尊重感が脆弱で外的評価に敏感という特徴があります。
見られることは「自分が評価されている、欠点を探されている」という不安を呼び起こし、それを“侮辱”や“軽視”と読み替えて怒りに転化してしまいます。これは自己肯定感を保つための“防衛的攻撃”ともいえます。
さらに怒りや恐怖で生じる生理的覚醒(心拍・筋緊張など)が高い人は、認知的再評価よりも即時反応を選びやすく、衝動制御が利きにくい状態にあります。
視線を挑戦サインとして“視覚的に捉えた瞬間”に闘争モードへスイッチし、「何見てんだ」と発するのも、この生理的スピード反応が関与していると考えられます。
そう考えると「何見てんだテメー」というセリフには当事者の低い自尊心や周りの評価に敏感過ぎる性質、そして今回の研究で明らかになった「50%怒り+50%幸せ」のような顔で見られることでさえ自分への敵意と感じてしまう、そして感じるような環境で育てられてしまったという悲しい背景が隠れているのかもしれません。
このように個人の経験と気質が相まって、怒りバイアスが強化されていく可能性があります。
ただ今回の発見が重要なのは、原因が「恐怖の認知障害」でなく「敵意の誤検出」だとすれば、対策の立て方も変わってくるためです。
もし暴力的な人たちが本当に他人の恐怖表情が分からないのだとしたら、それを治すのは容易ではありません。
しかし本研究が示すように「解釈のクセ」など誤検出の問題であれば、アプローチは比較的取りやすくなります。
すなわち「曖昧な顔は敵意ではないこと」などを認知行動療法的な手法によって修正していくことで、攻撃的な振る舞いを和らげることが期待できるのです。
実際、研究者らも敵意帰属バイアスの修正は十分可能だろうと指摘しています。
「敵意的な解釈傾向は、比較的簡単な方法で減少させられるという初期証拠も得られています」と述べられているように、コンピューターを使ったトレーニングやカウンセリングによって、曖昧な表情をポジティブに解釈する練習を重ねれば、少しずつ「怒りバイアス」を緩和できるかもしれません。
例えば、青年期の非行少年を対象に行われているプログラムでは、曖昧な顔写真を見せて「これは怒っていない」とフィードバックする訓練で攻撃衝動が減ったとの報告もあります。
このような認知バイアス修正は比較的短期間・低負担で実施できるため、将来的には暴力的傾向のある人々への更生プログラムや、攻撃性の高い子どもへの予防的介入に役立つ可能性があります。
研究チームも、今回明らかになった怒りバイアスが「攻撃性の一般的なメカニズム」であることを踏まえ、少年期からの予防やバイアス低減の訓練法について今後研究を進める必要性を強調しています。
もちろん、この研究にも限界はあります。
対象が男性受刑者に限られており、サンプル数も決して多くはないため、結果を一般の暴力傾向者や女性にもそのまま当てはめてよいかは慎重な検討が必要です。
それでも、本研究は暴力犯罪者の感情認知に関する通説に一石を投じる重要な知見を提供しました。
恐怖表情認知の障害ではなく、曖昧な表情に対する解釈バイアスこそが問題である――この視点は、攻撃的な行動を示す人々への見方を大きく変えるとともに、彼らへのアプローチに新たな希望をもたらすものです。
顔に浮かぶかすかな不安や戸惑いの表情を「敵意」と誤解せずに済むようになるとき、暴力の連鎖を断ち切る糸口が見えてくるのかもしれません。