世界比較で見えた“文化別ベスト睡眠”

1.国別平均睡眠時間と健康指標の比較 –
研究チームはまず、過去に報告された国際調査から71か国の平均睡眠時間データを収集し、各国の健康統計(心疾患や糖尿病の有病率、平均寿命、肥満率など)との関連を分析しました。
所得水準や栄養状態といった健康に影響しうる要因も考慮に入れて統計解析を行った結果、国全体の平均睡眠時間が長いほど健康指標が良くなる、あるいは短いほど悪くなるといった単純な関係は見られませんでした。
例えば、平均睡眠時間が短い日本で心臓病が特に多いとか、長い国で寿命が延びているといった傾向は確認されなかったのです。
むしろ意外なことに、平均睡眠時間が長い国ほど肥満率が高い傾向が示されました。
これは「睡眠不足だと太りやすい」という従来の常識と逆行する結果で、短眠傾向の国だからといって必ずしも国民全体の健康状態が劣るわけではないことを示唆しています。
2.個人レベルの睡眠・健康調査 –
次に研究チームは、世界各地の20か国に住む25~60歳の成人約5,000人を対象に独自のアンケート調査を行いました。
調査は各国で日照時間が同程度となる秋分の週に実施され、参加者それぞれに前夜の睡眠時間や普段の平均的な睡眠時間(昼寝を含む)を自己報告してもらいました。
また、自身の身体的・精神的な健康状態(持病の有無や気分の状態、生活満足度など)や、「自国ではどれくらい眠るのが理想的だと思うか」といった認識についても回答してもらったのです。
この個人レベルのデータを分析した結果、いくつかの重要な知見が得られました。
まず、睡眠時間が長めの人ほど健康状態が良い(持病が少なくメンタルも安定している)という傾向が確認されました。
しかしその関係は直線的ではなく、睡眠時間が長くなりすぎると健康状態が再び悪化に転じることも明らかになりました。
言い換えれば、睡眠と健康の関係は「睡眠不足も睡眠のとりすぎも良くない」というU字型(曲線)のパターンを示したのです。
適度に睡眠をとる人が最も健康状態が良く、極端に少ない場合も多すぎる場合も健康リスクが高まる——これは以前から指摘されてきた傾向ですが、本調査でも裏付けられました。
さらに注目すべきは、健康にとって理想的(最適)な睡眠時間は国ごとに異なっていたという点です。
各国のデータについて、睡眠時間と健康指標との関係を分析すると、それぞれの国において健康度(自己申告による全体的な健康感やメンタルの指標など)が最大となる「最適な睡眠時間」が存在しましたが、その長さは国によってばらつきがありました。
興味深いことに、この理想的な睡眠時間はいずれの国でも、その国の平均実睡眠時間よりも少なくとも1時間長い値となっていました。
言い換えれば、どの国の人々も現在の平均よりもう1時間多く眠れたほうが、本来は健康によい可能性があるということです。
上の表にもあるように、日本の場合は平均睡眠時間が6時間18分なので、理想的な睡眠時間の推定値は7時間18分となるわけです。
(※これはフランスの場合(平均7時間52分、理想8時間52分)と国が違うだけで大きく異なります。)
実際、本調査では参加者たち自身も「理想的には現在よりもう少し長く眠りたい(眠るべき)」と感じている傾向があり、多くの国で慢性的な睡眠不足が生じている実態もうかがえました。
もう一つの重要な発見は、自分が属する文化圏で「適切」とされる睡眠時間に近いほど健康状態が良好になるという傾向です。
わかりやすく言えば、「○○国では大人はだいたい◯時間くらい寝るのが望ましい」といった社会通念に対し、自分の実際の睡眠時間がその理想に近い人ほど、持病の少なさや精神的な安定度など健康面の指標が高かったのです。
例えば、日本の文化圏で「大人は7時間睡眠が理想」という認識を持つ人であれば、自身もほぼ7時間眠れている場合に健康状態が良い傾向が見られました。
反対に周囲の理想とかけ離れた短眠・長眠の人は健康度が低めでした。
この結果は、睡眠においても各文化に根付いた習慣や規範に沿った生活を送ることが健康に寄与しうることを示唆しています。