体の中で起きる“時間のズレ”とは?

日中の活動や気分の調子が、なぜかうまく整わない。そんな不調の背景には、私たちの体に本来備わっている「リズム」の乱れが関係している可能性があります。
人間の体は、表面からは見えませんが、24時間の周期に従って多くの機能が連動しています。朝になると体温が上がり、活動の準備が始まり、夜になると眠気を誘うホルモン「メラトニン(melatonin)」が分泌されて休息モードに切り替わる。
こうしたリズムをつくっているのが、「体内時計(概日リズム、英語ではcircadian rhythm)」です。
体内時計の中枢は、脳の視床下部という場所にある「視交叉上核(suprachiasmatic nucleus)」と呼ばれる神経の集まりです。この視交叉上核が、目から入ってくる光の情報をもとに全身のリズムを調整しており、いわば身体の“時刻合わせ係”のような役割を果たしています。
しかも、体内時計が支配しているのは睡眠のタイミングだけではありません。メラトニンのほかにも、深夜に最も下がる体温や、起床時にピークを迎えるストレスホルモン「コルチゾール(cortisol)」など、さまざまな生理的なリズムが1日を通じて変化しています。
これらのリズムは、個別に動いているようでいて、実は一定のタイミング関係を保ちながら連動しています。だからこそ、私たちは昼に集中し、夜に休むといった生活が自然にできるのです。
ところが、夜更かしや昼夜逆転の生活、日中にほとんど外に出ないといった現代的な習慣によって、この体内時計が外の環境とずれてしまうことがあります。たとえば、平日と休日で寝る時間が大きく変わると、体が“いつが朝でいつが夜か”を正しく判断できなくなります。
このように、体内リズムと社会的なスケジュールが合わなくなる「外的な時差ぼけ」は、うつ症状や気分の低下と関連している可能性があると、これまでの研究でも指摘されてきました。
しかし、近年ではさらにもう一歩踏み込んだ見方が出てきています。
それは、外とのズレだけでなく、体内のリズム同士がバラバラに動いてしまう「内部時差ぼけ(internal circadian misalignment)」の存在です。
たとえば、ある人のメラトニンの分泌が夜10時ごろに始まっているのに、体温が下がり始めるのは深夜2時、コルチゾールのピークは朝5時……と、リズムごとに時間がずれている場合があります。
本来ならこれらのタイミングは、ある程度そろって連動していることが望ましいとされています。それがずれてしまうことで、脳や身体の各部が“別々の時計”で動いているような状態になるのです。

この「体内で起きる時間のズレ」は、見た目からはわかりにくく、自分でも気づきにくいため、これまでの研究ではあまり注目されてきませんでした。それでも一部の小規模な研究では、体内の複数のリズムがバラバラにずれている人ほど、うつ症状が重くなる傾向があるという報告が出始めています。
ただし、そうした研究の多くは、メラトニンやコルチゾールなど限られたリズムしか調べておらず、それも個別に扱われることがほとんどでした。体内のリズムがどのようにずれているのかを同時に測定し、そのズレのパターンを個人ごとに詳しく分析するような研究は、これまでほとんど行われていなかったのです。
その理由は、技術的な問題ではなく、非常に手間のかかる観察と測定が必要にだからです。
一人の参加者から、メラトニン、コルチゾール、体温という三つのリズムを正確に記録するには、複数のセンサーを使った夜間の継続的な観察などが必要になります。こうした負担の大きい研究に取り組むには、時間と労力、そして粘り強さが求められるため、これまで挑戦する研究者はほとんどいませんでした。
そうしたなかで、今回のシドニー大学(The University of Sydney)の研究チームは、気分の不調を抱える若者を対象に、三つの体内リズムを同時に測定し、それらのタイミングのズレを個別に解析するという調査を実施したのです。
その目的は、「体の中の時計同士がずれていること」が本当に気分の落ち込みと関係しているのか、また、どのようなズレ方が問題になるのかを、科学的に明らかにすることです。
チームはこれまでの研究では十分に捉えられなかった“体内で起きる時間のズレ”を初めて本格的に検証することで、「ちゃんと寝ているつもりなのに、なぜか調子が悪い」という、これまで説明のつかなかった感覚の背後にある、生理的な仕組みを解き明かそうとしたのです。