1918年の「スペイン風邪」ウイルスのゲノムを再構築することに成功
1918年の「スペイン風邪」ウイルスのゲノムを再構築することに成功 / 画像:Schweizerisches Nationalmuseum、Inventarnummer LM-102737.46
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1918年の「スペイン風邪」ウイルスのゲノムを再構築することに成功 (3/3)

2025.07.25 18:00:31 Friday

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【まとめ】過去のパンデミックから学ぶ—現代社会への重要な示唆

【まとめ】過去のパンデミックから学ぶ—現代社会への重要な示唆
【まとめ】過去のパンデミックから学ぶ—現代社会への重要な示唆 / Credit:Canva

今回の研究によって、スペイン風邪ウイルスがパンデミックの初期段階から既に人間に対する適応を急速に進めていた可能性が示されました。

これは単なる過去の一事実というだけでなく、現代の私たちにとって極めて重要な意味を持っています。

なぜなら、この事実が明らかになったことで、新たなパンデミックが起きた際に、ウイルスがどのように進化・変異していくのかを予測するための重要な手がかりを得られたからです。

今回の研究成果を得るためには、長い間忘れ去られてきた「医学標本コレクション」や「医学史博物館」といった施設との緊密な協力が不可欠でした。

こうした施設には、歴史的に貴重な病理標本が多数保管されています。

それらの標本は、まさに過去の病原体が封印された「タイムカプセル」のような存在であり、そこに眠る情報は驚くべき価値を秘めています。

しかしながら、研究者たちは、こうした歴史的医療標本コレクションの潜在的な価値が未だに十分に活用されていないと指摘しています。

つまり、世界中の博物館や大学に保管されている膨大な病理標本の多くが、いまだ解析されないまま忘れられている可能性が高いのです。

今回の研究は、こうした古い病理標本が持つ重要性を私たちに改めて気付かせることになりました。

古い標本から100年以上も前のウイルスの遺伝情報を取り出すことが可能であることが証明されたのです。

これは単に過去の謎を解くという興味深い試みだけにとどまりません。

今回の研究によって示されたように、過去のパンデミックにおいてウイルスが人間への感染を強めるためにどのような変異を遂げていったのかを理解することで、ウイルスが持つ「進化の道筋」をより正確に把握することができるのです。

【コラム】スペイン風邪ウイルスのゲノムを公開しても大丈夫か?

スペイン風邪ウイルスのゲノム情報を公開することについては、研究者や公衆衛生の専門家の間でも意見が分かれています。特に強い懸念が示されているポイントは以下の通りです。

第一に、「ウイルス再構築のリスク」が挙げられます。
スペイン風邪ウイルスは、人類史上最悪のパンデミックを引き起こした非常に病原性の高いウイルスです。その詳細なゲノム情報が公開されると、それを元に技術的にウイルスを人工的に合成(再構築)することが可能になる恐れがあります。特に、現代では合成生物学の技術が急速に進歩しているため、技術的な障壁が年々下がっています。そのため、研究目的以外の悪意ある利用(バイオテロリズム)を懸念する声が根強く存在しています。

第二に、「意図せざる漏洩や事故のリスク」も考えられます。
実際に1918年のスペイン風邪ウイルスを再構築した研究は過去にもありましたが、その際にも安全性や倫理的な観点から強い議論が巻き起こりました。これらの研究では、バイオセーフティレベル(BSL)が最も厳しいBSL-4施設での厳重な管理が必要ですが、それでも絶対的な安全は保証できないという懸念があります。

第三に、「倫理的および心理的なリスク」です。
スペイン風邪ウイルスに対するゲノム情報の一般公開は、特に感染症の危険性やリスクを理解しにくい一般の人々に対して、不安を煽る可能性があります。歴史上の感染症の恐怖を不必要に蘇らせることで、社会的な不安を生み出しかねないという指摘もあります。

こうしたリスクに対して研究者側は、以下のような反論や考え方を提示しています。

まず、公開データの価値が指摘されています。
ゲノム情報を公開することにより、世界中の研究者が協力してスペイン風邪の感染力や病原性のメカニズムを解析し、新たなパンデミックを予防するための重要な手掛かりを得ることができると考えられています。また、このデータを活用することで、将来的に新型ウイルスが出現した際にも迅速かつ効果的な対応が可能になるという期待があります。

また、「再構築の困難さ」も指摘されています。
実際にスペイン風邪ウイルスを再構築することは技術的・設備的に非常に困難であり、高度な専門知識と厳重な管理体制を要します。そのため、現実的には容易にバイオテロなどに利用できるわけではないという意見もあります。

こうした背景から、現在ではゲノムデータは「ヒト由来の情報を除去したうえで」安全性や倫理面での問題を最小限に抑える工夫を施した上で公開されています。今回の研究でも、人間のゲノム情報を除いたウイルスゲノム配列が安全かつ倫理的に適切な形で公開されています。

このような情報は、次に新しいウイルスが出現した時に非常に役立つものです。

新興ウイルスがヒトからヒトへ感染するために必要な変異を起こすプロセスを事前に予測することが可能になれば、感染拡大をいち早く防ぎ、有効な対策を講じることができるかもしれません。

つまり、過去の悲劇的なパンデミックから得られた教訓は、私たちが将来直面する可能性がある新たな感染症の脅威に対処するための「羅針盤」となるのです。

さらに、この研究では、ホルマリン処理された古い病理標本から劣化したRNAを効率よく取り出すという画期的な技術が開発されました。

これは他の過去の感染症の研究にも応用が可能であり、100年前のみならず、さまざまな歴史的パンデミックの病原体ゲノムを解読できる可能性を開きました。

例えば、古い標本からペストやコレラといった歴史的な大流行の原因菌やウイルスの遺伝情報を取り出すことも現実的な目標となったのです。

この技術は、将来的に多くの過去の感染症の謎を解き明かし、その感染症がなぜ人間社会に甚大な影響を与えたのかを科学的に明らかにする手段を提供します。

過去のパンデミック研究が教えてくれるのは、ウイルスや病原菌が人間にどのように適応し、どのように変化していくかという進化のダイナミクスです。

私たちが直面した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックも、まさにこうした進化のプロセスの一例です。

今回の研究の成果を受けて、過去と現在をつなぐ視点を持つことで、未来のパンデミックへの準備をより一層強化することができるでしょう。

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1918年の「スペイン風邪」ウイルスのゲノムを再構築することに成功 (3/3)のコメント

ゲスト

歴史には人の求める答えがある、懐かしいセリフ、言ってみたかったんです。
ウイルスさんたちは人間の免疫回避を軽々やってのけますが、人間の側がいつも後手に回っているだけなのはなんか不愉快ではありますね。
人間の免疫システムそのものの方もアップグレードできないですかね。
せっかく遺伝子いじれる技術手に入れたのですから、敵がこちらの免疫を回避するのに使ってる手段を研究してその穴をこちらから動いて潰してしまうとか。
そんなに簡単に回避されるということはなにか回避するためのテンプレートのようなもの(致命的な脆弱性)があるということですから。

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