人間関係の「質」が老化速度を左右する

「フレネミー」と呼ばれる複雑な人間関係は、私たちの体をどれほど老化させるのか?
この問いを科学的に明らかにするため、研究者たちは米国のインディアナ州で暮らす幅広い年齢層の成人約2,200名を対象に、詳細な調査を行いました。
まず最初に、参加者は自分の身の回りの人間関係について振り返り、直近の半年間に頻繁に交流した人の名前を思いつく限り挙げました。
その後、挙げられた人々について具体的な質問がなされました。
その中でも特に重要な質問は、「この人はどれくらいの頻度であなたを困らせたり、問題を引き起こしたり、あなたの生活を困難にしていますか?」というものです。
回答は、「全くない」「めったにない」「時々ある」「しばしばある」の4つの選択肢でなされました。
研究者たちは、この質問に対して「時々」または「しばしば」と答えられた人を「ハスラー(困らせ役)」として分類し、参加者にネガティブな影響を与える人物として記録しました。
たとえば山田さんというひとがあなたに「時々」あるいは「しばしば」ネガティブな影響を与える場合、山田さんは「ハスラー」として分類されます。
一方で、全くない、またはめったにないと答えられた人物は、ネガティブな影響がほとんどない非ハスラーと判断されました。
次に研究者たちはハスラーを二種類に区別しました。
1つは「単純な敵」であり、助けてくれることはなくただただストレスや困難を与えてくる人です。
もう1つは先にも上げた「フレネミー」で、助けることもあるものの批判や嫉妬、ストレスを与える人です。
次に、研究者たちは参加者全員から唾液のサンプルを採取し、そこからDNAを抽出しました。
DNAには、私たちの年齢や健康状態を反映するさまざまな生物学的情報が記録されています。
具体的には、DNAに刻まれた「メチル化」という分子レベルの目印(タグ)のパターンを解析することで、研究者たちは各参加者の「生物学的年齢」を測定しました。
この生物学的年齢とは、実際の年齢(カレンダー上の年齢)とは異なり、体の中の細胞や組織がどれくらい老化しているかを示す指標です。
たとえば、実際の年齢が40歳であっても、生物学的年齢が45歳ならば、体は実際の年齢より5歳老けていることになります。
今回の研究では、最新の「エピジェネティック時計」という技術を使い、このDNAのメチル化パターンの情報をもとに各人の生物学的年齢を算出しました。
この方法によって、「人間関係の特徴が生物学的な老化とどのように関係しているか」を客観的に調べることが可能となったのです。
では、実際にネガティブな人間関係は、生物学的な老化を加速するのでしょうか?
調査の結果は研究者の予想を超えるものでした。
まず明らかになったのは、ネガティブな影響を与える人物が非常に多くの人の身近に存在するということでした。
参加者のうち約60%近くが、少なくとも1人の困らせ役(ハスラー)を抱えていることが分かったのです。
また、参加者の身近な人々のうち、平均すると約4人に1人(25%)が何らかの形でストレスや困難を与える人物でした。
(※その内訳は単純な敵が5.1%でフレネミーは18.8%でした)
このことは、人間関係におけるストレスが特別なケースではなく、日常生活にありふれた問題であることを示しています。
そして、生物学的老化への影響はハスラー全般で見ても明らかでした。
まずハスラー全般として見ると、その人数が増えるごとに生物学的老化(GrimAge2)は平均で約0.213年(約2.5ヶ月)加速していました。
また、ハスラーの割合が50%を超えると、生物学的老化はさらに顕著に加速し、特に極端なケース(100%がハスラー)では約1.74年(約1年9ヶ月)という非常に大きな老化促進が確認されました。
(※周囲の人間関係の半数(50%)がハスラーである場合、生物学的な老化は平均で約0.51年加速しました)
しかし、この結果をさらに詳しく分析すると、全てのハスラーが同じように老化を進めているわけではありませんでした。
「単純な敵」は、生物学的な老化(GrimAge2指標、DunedinPACE指標)との関連が統計的に有意ではなく、生物学的な老化に目立った影響を与えていませんでした。
一方、支援もあるがストレスも与えてくる「フレネミー」は、生物学的老化と統計的に有意で明確な関連を示し、老化速度を加速させていました。
普通に考えれば「単純な敵」が老化の支配要員になりそうですが、実際にはハスラーの中のフレネミーこそが老化の主要因だったのです。
この理由として、研究者は心理的な要素を指摘しています。
単純に敵対的な相手なら心理的に距離を置きやすいため、ストレスを軽減しやすいのに対し、フレネミーは支援的な面もあるため心理的に離れづらく、慢性的なストレスが続き、細胞レベルでの老化を強める可能性があるのです。
さらにハスラー全体としての影響は生物学的老化のみならず精神的な健康(不安やうつ症状)や身体的な健康(肥満、体内の炎症反応)にも悪影響を与えていました。
単純な敵が老化に有意差がなかった理由をもう少し詳しく解説
「単純な敵が老化に対して統計的に有意な影響を示さなかったのに、なぜフレネミーを含めた『ハスラー全体』の影響が喫煙経験の有無に匹敵するほど大きいのか?」と感じる方もいるでしょう。まず重要なのは、この研究で「ハスラー」と呼ばれている人々には、「フレネミー」と「単純な敵」が含まれていることです。しかし、この二つのグループの人数は均等ではありません。実際の調査結果によれば、ハスラー全体の中でフレネミー(支援もするがストレスも与える)が約18.8%と圧倒的多数を占める一方で、純粋にネガティブな影響しか与えない単純な敵はわずか約5.1%に過ぎません。つまり、「ハスラー全体」の影響として示された数字は、主にフレネミーが大きな割合を占めていることで強く現れているのです。これは統計的にいうと、影響のない(またはごく小さい)グループ(単純な敵)と、非常に強い影響を与えるグループ(フレネミー)を合算しているため、全体として大きな影響が統計的に検出されている状態です。単純な敵が統計的に有意な影響を示さないのにハスラー全体では有意な影響があるというのは、一見すると不思議に感じられるかもしれませんが、統計的には「全体の影響がフレネミーの強い影響で引き上げられている」のです。したがって、この研究が強調していることは、「人間関係の中で最も注意すべきは、明確に敵と認識している人ではなく、むしろ支援とストレスの両方を与えてくる複雑な人々(フレネミー)である」ということになります。
人間関係から生じる慢性的なストレスは、実際に細胞レベルで体を老化させるだけでなく、精神面や肉体面にも複合的に悪影響を与えている可能性が示されたのです。
まとめると、この研究結果が私たちに教える重要な点は、人間関係において最も注意すべきは単純に敵対的な人ではなく、むしろ支援的な面と敵対的な面を両方備えた「フレネミー」であるということです。
慢性的にストレスを与える複雑な人間関係こそが、私たちの細胞を老化させ、健康を大きく損なう可能性があるのです。