火星が経験した45億年前の巨大衝突

火星の内部に巨大衝突の痕跡があるのか?
謎を解明するため研究者たちはNASAの火星探査機「インサイト(InSight)」が記録した火星の地震データを詳細に解析しました。
地球で地震が起きると、その揺れ(地震波)は地球内部を通り抜ける途中で、内部の物質や構造によってスピードや進み方が変化します。
このため地震波を詳しく分析することで、惑星の内部構造を間接的に知ることができるのです。
インサイトは、火星で発生する「マーズクエイク(火星地震)」をこれまでに多数観測していますが、研究ではその中でも特に重要な8つの地震データを選び、詳しく調べました。
この8つの地震のうち、特に興味深いのは、火星に直径約150メートルほどのクレーターを作った隕石衝突による2つの地震です。
これは衝突した場所がはっきりしているため、地震波が火星内部をどのように通ってインサイトに届いたかを詳しく調べることができました。
研究チームがまず注目したのは、「P波(縦波)」という地震波の一種です。
P波は地震のとき最も速く伝わる波で、惑星の内部構造を探るのに役立つ重要な手がかりになります。
解析すると、インサイトから50度以上(火星の表面距離で約3000km以上)離れた場所で起きた地震のP波に、ある奇妙な現象が見つかりました。
それは「高い周波数のP波ほどインサイトへの到着が少し遅れる」という現象です。
反対に、インサイトに比較的近い場所で起きた地震の波には、ほとんどこの遅れが見られませんでした。
この散乱の原因を調べるため、研究者たちは観測データをコンピューターシミュレーションと比べながら分析しました。
その結果、マントルの中に「成分が周囲と異なる岩石の塊」がたくさん存在していることが分かりました。
それらの塊の大きさは1〜4kmほどで、大きな塊がいくつかある一方、その周りを小さな塊が無数に囲むという特徴的なパターンが見つかりました。
これは、まるでガラスが床に落ちて割れたときに見られるような、いくつかの大きな破片のまわりに小さな破片が無数に散らばるパターンに似ています。
言い換えれば、火星のマントルの中に衝撃で砕けた破片の「壊れ方の指紋」がそのまま残っているのです。
では、こうした岩石の塊はどのようにして生まれたのでしょうか?
研究チームは、これらの塊は約45億年前、火星に大きな天体が衝突した時の影響で生まれたと考えています。
巨大な天体が火星に激突したとき、その衝撃によって火星の岩石の多くは溶けてしまい、惑星全体が溶岩の海のようになったと考えられます。
同時に、衝突してきた天体の破片や火星自身の地殻・マントルの一部が溶けた状態でマントル深部に混じり込みます。
やがて火星の表面が徐々に冷え、一枚岩の固い殻で覆われましたが、マントルの内部では溶岩がゆっくりと冷えて固まり、その過程で生じた異なる成分の岩石片がマントル内部に閉じ込められたのです。
これらの岩石片が時間をかけて対流(熱によるマントル内部のゆっくりとした動き)によって少しずつ分散し、現在のような「混沌の名残」としてマントル内に保存されたと考えられています。
つまり今回の研究は、火星の内部に45億年前の巨大衝突の痕跡が、まるで「タイムカプセル」のように残されている可能性を初めて示したのです。