上に積み上げることでムーアの壁を越える「立体積層チップ」が登場
上に積み上げることでムーアの壁を越える「立体積層チップ」が登場 / Credit:Scientists smash record in stacking semiconductor transistors for large-area electronics
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ムーアの法則を越える「立体積層チップ」が登場 (2/3)

2025.10.23 17:00:39 Thursday

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立体積層チップはいかにして成功したか

立体積層チップはいかにして成功したか
立体積層チップはいかにして成功したか / 図は、研究チームが開発した新しい半導体チップの構造を示しています。一般的な半導体チップは、シリコンなどの材料を使って作られたトランジスタ(電子の流れをオン・オフする部品)が平面上にぎっしり並んだ構造をしています。しかし今回のチップは、「縦方向」に材料を何層も重ねることで立体的に作られている点が最大の特徴です。 具体的には、このチップは全部で6段に分かれていて、それぞれの段に無機の半導体(酸化インジウムという透明で導電性のある材料)と有機の半導体(C16IDT-BTというプラスチックに似た高性能な材料)を交互に配置しています。つまり、層ごとに性質の違う材料が交互に重ねられているのです。 また各段の間には「絶縁層(電気を通さない層)」が設けられていて、上と下の段の間で電気的な干渉(余計な電流の漏れ)が起きないようにしています。この絶縁層は非常に薄く、200ナノメートル(1ミリの5000分の1)という精密さで作られています。 さらに、この図の重要なポイントは、それぞれの段にあるトランジスタが非常にきれいに積み重なっていることです。トランジスタ同士の位置がズレたり、層と層の境目がデコボコしていたりすると性能が下がってしまいますが、このチップは表面を非常になめらかにする工夫がされていて、きちんと整列して積み上げられていることがわかります。 このようにして完成した「縦方向に積み重なったチップ」は、横方向に広がった従来型のチップに比べて、配線が短く、より効率的に電気が流れます。その結果、省エネルギー性に非常に優れているのです。/Credit:Three-dimensional integrated hybrid complementary circuits for large-area electronics

研究チームは挑戦にあたり、無機と有機という性質のまったく違う2種類の半導体に注目しました。

n型の金属酸化物トランジスタ(電子が動くタイプ)には酸化インジウム(In₂O₃)という無機材料を、p型の有機半導体トランジスタ(正孔が動くタイプ)にはC16IDT-BTという樹脂系の高性能材料を使いました。

この異なる材料を交互に積み重ねることで、ひとつのチップの中に“2つの世界”を共存させることができるのです。

有機はやわらかくて加工しやすく、無機は硬くて丈夫。両者の長所をうまく組み合わせることが狙いでした。

ただし、これを6段も重ねるのは並大抵のことではありません。

最大の敵は「熱」でした。

高温の製造工程を使えば下の層の有機物が焦げてしまう一方、温度を下げすぎると層をしっかり固めることができません。

この難題を解くために研究チームは、製造の多くを室温近くで行い、主要な工程を150℃以下に抑える工夫をしました。

さらに、200℃で短時間の加熱処理を行うことで、トランジスタの開閉特性(SS値)を改善できることもわかりました。

つまり、「焦がさず固める」というギリギリの温度設定を見つけ出したのです。

もちろん、積み重ねにはもうひとつの壁――“ズレ”の問題もありました。

層の表面がわずかに波打つだけでも、上に乗せた層がうまく動かなくなるのです。

研究チームは、各層の表面をナノメートル単位で磨き上げ、層と層の位置を正確に合わせる技術を磨き上げました。

結果として、6層をきれいに積み上げた“電子のタワー”が完成しました。

実際の評価では、測定用の細い針のような電極を使って各層の電気的な性能を調べました。

すると、6層のトランジスタはいずれもおおむね設計どおりに動作し、積層による性能の劣化はわずかであることが確認されました。

下の層ほど安定しており、上に行くほどややばらつきが出ましたが、全体としては良好な結果でした。

この段階で、彼らが積み上げた構造が単なる実験ではなく、実用化に近い設計になりつつあることがわかりました。

そのうえで、チームは600個のトランジスタを使って300個のインバータ回路(入力信号を反転させる基本ユニット)を作成し、その動作を詳しく調べました。

結果は驚くべきもので、6層チップのインバータは入力電圧の約94.84倍を出力に変換できる高い増幅率(ゲイン)を示しました。

しかも消費電力はわずか0.47マイクロワット。

従来の報告では、同じ規模のインバータ回路に約210マイクロワットが必要でした。

比較すると、今回のチップはおよそ450分の1という圧倒的な省エネ性能を実現したことになります。

電気をほとんど使わずに信号を増幅できる――これはまさに「静かに力強いチップ」と言えるでしょう。

この成果の裏には、トランジスタを縦に積み重ねることで配線距離を短くし、電流の流れを効率的にした効果があります。

つまり、“横に広げる”のではなく“上に伸ばす”ことで、チップ全体のエネルギー損失を大きく抑えたのです。

その結果、性能と省エネという、これまで両立が難しかった目標を同時に実現することに成功しました。

この新しいアプローチは、単なる性能アップにとどまりません。

たとえば、曲げられるディスプレイや体に貼るセンサーなど、薄くて広い電子デバイスの内部で、より高密度な頭脳を作る鍵になる可能性があります。

平面の限界を立体的な積層で突破しようというこの試み――その第一歩が、今回の6段チップなのです。

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