■他人の感情の読み取ることは、自分の過去の経験によって影響を受けている
■「感情評価」と「視覚評価」を比較した結果、「感情評価」の方が自信を持っている一方で、正確性は低かった
■自信のある「感情評価」をする際に働く脳部位は、「海馬回」と呼ばれる記憶を呼び出す脳領域だった
他人の感情を読み取るとき、相手の表情は大きなヒントとなります。
感情解釈に自信を持つことは、円滑なコミュニケーションを図るためには必須。何より感情を読み違えたまま相手に接すると、思わぬ修羅場にもなりかねません。
そこで、スイスにあるジュネーヴ大学(UNIGE)とジュネーヴ大学病院(HUG)の共同研究チームは、他人の感情を読み取る際に私たちがどれほどの自信を抱いているのか、さらにその自信はどれほど正確であるのかを調査しました。
その上で、感情認知に寄与する脳部位を調べた結果、感情判断は過去の経験の記憶によって大きな影響を受けていることが判明したのです。研究の詳細は「Social, Cognitive and Affective Neuroscience」上に掲載されています。
https://academic.oup.com/scan/advance-article/doi/10.1093/scan/nsy102/5209946
研究チームは、34人の被験者を対象に「喜び」と「怒り」という2種類の感情を示す顔の表情写真、計128枚の評価付けを実施しました。
表情の中には、明確に感情を判断できるものもあれば、どちらか判断しにくい曖昧なものも含まれています。まず、被験者は連続して提示された128枚の表情を「喜び」か「怒り」かのどちらかに振り分け、その判断に関する自信を6段階でポイント評価します。(1=自信がない、6=自信がある)
また、「感情評価」の正確性を相対化するために、「視覚評価」についての正確さも同時に実施。写真のそれぞれは、太さの異なる枠で囲ってあり、被験者は太く見えた写真を選択しました。
結果は、「感情評価」は平均して5.88ポイント、「視覚評価」は平均して4.95ポイント。驚くことに、被験者は「線が太いかどうか」といった視覚評価よりも、感情を読み取ることの方により自信があるという結界となったのです。
しかしながら、その正答率を確かめてみると、「視覚評価」が82%の正確さであったのに対し、「感情評価」は79%と下回っていました。
研究チームのインドリット・ベーグ氏によると感情評価の正確性が下回るのは、相手が時と場合に応じて本心を隠したり抑えたりするからだとのこと。例えば、目の前に学校の先生や会社の上司がいれば、表情を取り繕うのは当然の成り行きです。
もう1つの理由として、判断時間の短さという要因があります。相手の表情はすぐに移り変わっていくため、素早い感情を評価しなければなりません。そのせいで、第一印象に強く引かれて、その裏に隠れた本当の感情を察知しづらくなるのです。
さらに、研究チームは、私たちが自信を持った判断をしているときに活発になっている脳部位を調べるためにMRIによる脳波スキャンを行いました。
すると、「視覚評価」の際には視覚野が働いていたのに対し、「感情評価」では自伝的な記憶の検索を行う「海馬回(parahippocampal gyrus )」が活性化していることが判明しました。
これはつまり、相手の感情を判断する材料として、私たちは自分の過去の経験を活用していることを示しています。しかし、過去の記憶に頼りすぎると、手痛い失敗につながることもあります。
実際、過去の記憶が現在における判断の正確性を狂わせてしまった事件があるのです。
2012年、アメリカのフロリダ州で起きた「トレイボン・マーティン射殺事件」で、17歳のマーティン少年は丸腰にもかかわらず、自警団の青年ジョージ・ジマーマンに射殺されました。
ジマーマンは「盗みかドラッグをやっている黒人少年にしか見えなかった」と供述しています。要するに、ジマーマンの判断は彼が普段自警団として活動していた経験の蓄積によって歪められていたのです。
もちろん、記憶を判断材料とすることは有益な場合のほうが多いでしょう。私たちが、一度おかした過ちを繰り返さないようにするためには、それを覚えていなければなりません。しかし、自己の経験というのは客観性が欠けているゆえに、判断の正確性に悪影響を及ぼすことがあることは、頭の片隅に置いておかねばなりません。