私たちは鏡を見るとき、そこに映っているものが自分の顔だと知っています。
一方で動物は、鏡に映る自分が自分だとわからず、驚いて威嚇している動画などを見かけます。
赤ちゃんの場合はどうでしょうか? 赤ちゃんも初めて鏡を見ると驚きますが、鏡の自分に強く興味を持つようになります。
では、赤ちゃんが初めて鏡を見たとき、そこに映るものが自分だと理解する瞬間はどこなのでしょう?
鏡の反射がなければ、私たちは永遠に自分の姿を知ることはありません。鏡で自分を認識するとき、私たちの中では何が起きているのでしょうか?
鏡の私は私なのか?
こうした鏡を見たときの赤ちゃんの反応を研究した精神分析医がいます。
それが20世紀フランスの哲学者にして精神科医のジャック・ラカンです。
ラカンは鏡の反射を見る赤ちゃんについて鏡像段階論という理論を提唱しました。
フロイトに精通し、現代心理学にも大きな影響を与えたラカンによると、赤ちゃんは鏡を見ることで自分が人間であることを認識し、「自我」が生まれると述べています。
赤ちゃんは生後6カ月から18カ月の間は、個性を持たない時期なのだといいます。
この時期の赤ちゃんは中枢神経系統が未発達なため、目や口、耳から得られる感覚だけを頼りに生きていて、自身の身体像(自己統一性)というものが得られていません。
人間の家族の中で育てられているのに、赤ちゃんは自分が人間だという認識すら持っていないのです。
このとき赤ちゃんは無力感の中にあり、頻繁な不安、恐怖、混乱が沸き起こっています。
しかし、鏡に映る自分の姿を見たとき、赤ちゃんはそれまでバラバラだった感情が、全て身体の形となって収まり、自分が人間なんだということを認識して「自我」が生まれるのです。
チンパンジーのような賢い動物は、鏡を見たとき一旦興味を示しますが、それが単なる反射であると気づくと途端に興味を失ってしまいます。
一方、人間の赤ちゃんは鏡に映った自分を発見すると大喜びして、ずっと興味を寄せ続けます。
これは神経系統が未発達な赤ちゃんが、身体的な感覚ではなく、鏡に映る視覚的なイメージで初めて自分を理解したためです。
つまり赤ちゃんは、初めて自分自身を理解するために、鏡に映った自分という「他者」を通して見出しているのです。
これが原型となって、人は自分が「何を考えているのか」「どうあるべきか」という答えを探すときに、他人の姿を求めるようになります。