水面の「裏側」を歩く驚きの移動法
この行動を発見したのは、オーストラリア・ニューカッスル大学(The University of Newcastle)の行動生物学者、ジョン・グールド氏です。
グールド氏がある晩、オーストラリア南東部にあるワタガン山脈(Watagan Mountains)へ、一時的な水たまりにいるオタマジャクシを探しに出かけた時のこと。
手に懐中電灯を持って水たまりを照らしていると、その内の一つに、小指の爪ほどの小さな甲虫を見つけたと言います。
「最初は、水たまりに誤って落ちた虫が水面でもがいているのだろうと思っていました。ところがよく見てみると、その虫は、水面の裏側を逆さまになって泳いでいたのです」とグールド氏は話します。
その時の様子がこちら。
まるでガラスでもあるかのように、虫は水面の裏側を自由自在に歩いています。
グールド氏は、これを知り合いの生物学者である、ドイツ生物多様性統合研究センター(German Centre for Integrative Biodiversity Research)のホセ・バルデス氏に見せました。
バルデス氏は「ビデオを見せてもらうまでは、彼が何を言っているのかよくわかりませんでした。しかし映像を見て、今まで見たことのない行動に驚きました」と話します。
両氏が文献を調べてみたところ、ある種のカタツムリに、水面下を粘液の層で歩くものがいるとわかりましたが、水生昆虫がこのような歩き方をする記録はなく、何十年も前の論文でわずかに言及されているのみでした。
台湾・国立中山大学の昆虫学者であるマルティン・フィカチェク(Martin Fikáček)氏によると、「水面の下を歩く行動は、水生昆虫の専門家には以前から知られていた」とのこと。
「しかし、この行動を詳しく調べた人はいません」と言います。
今回見つかった昆虫は、甲虫目ダルマガムシ科(Hydraenidae)の一種と考えられています。
水面下を歩く仕組みはまだ明らかになっていませんが、両氏は「気泡の浮力を利用している可能性が高い」と推測します。
グールド氏が撮影した映像を見ると、昆虫の腹部に気泡が生じ、それが常に水面と接しているのがわかりました。
この気泡が反転した昆虫を水面に引っ付けていると考えられます。
また、この奇妙な歩き方をする理由について、バルデス氏は「水中の底で待ち伏せする捕食者から離れるためではないか」と指摘します。
ただし、以上のことはまだ仮説段階であり、今後の研究で明らかにしなければなりません。
グールド氏は「今回の発見は、昆虫が日々行っている驚くべき行動を、私たちがいかに見逃したりしているかを浮き彫りにしています。
小さな生物の生態を記述することは、大きな哺乳類や鳥類を記述するのと同様に重要でしょう」と述べています。