目撃者多数!シロクマは氷塊でセイウチを撲殺する?
野生のシロクマは現在、北極と亜北極にまたがる19の集団で約2万6000頭が生息しています。
シロクマは主にセイウチやアザラシを主食にしますが、狩りには多大なエネルギーが必要です。
ところが、グリーンランドやカナダ東部の北極圏にすむイヌイットたちは、200年以上前から、シロクマが道具を使ってセイウチを仕留める様子を頻繁に目撃してきました。
にもかかわらず、専門家や探検家らは、この話を軽視して神話と一緒くたにし、詳しく研究してこなかったのです。
そこでアルバータ大学のイアン・スターリング氏と研究チームは、過去にイヌイットから報告された二次的観察結果に加え、近年のイヌイットや非イヌイットからの報告例、および飼育下のシロクマや近縁種のヒグマの道具の使用例を集め、調査を開始。
その結果、「シロクマが道具でセイウチを狩る」という逸話は、かなり古い時代から、各地で広く一貫して報告されていることが明らかになりました。
最も古いものだと、1780年に、博物学者のオットー・ファブリキウス(Otto Fabricius)が執筆した『Fauna Groenlandica』という本の中で、「ホッキョクグマが大きな氷の塊をつかみ、セイウチの頭に向かって投げつけた」と記述されています。
また、イヌイットによる1883年の報告では、「前足で氷のブロックを持ったシロクマが、半生状態のセイウチに勢いよく氷を打ち下ろした」とありました。
こちらの絵は、19世紀の北極圏探検家であるチャールズ・フランシス・ホールが、1865年に、イヌイットの話をもとにして描いたものです。
そのときの様子は、ホールの著書『Arctic Researches and Life Among the Esquimaux』において「崖の上のホッキョクグマが、大きな岩をセイウチの頭に向かって投げつけ、驚くほどの正確さでセイウチの頭に当たり、頭蓋骨を砕いた」と書かれています。
それに続く文章で、ホールは「セイウチが即座に死なず、単に気絶しただけの場合、ホッキョクグマはただちに駆け寄り、手近の岩をつかんで、セイウチが絶命するまで頭を殴打し続ける」と述べています。
まるで、火サスの殺人犯のような話です。
一方で、今回の調査は報告例や記録によるもので、真相は、実際にシロクマがセイウチを殴打する現場を押さえなければ分かりません。
スターリング氏は「おそらく、この行動の発生頻度は低く、すべてのシロクマに共通して見られる習性ではないと思われます。
母グマが道具を使う狩りをすれば、子どもにも受け継がれるはずですが、そうした個体はごく少数であり、だからこそ実際の観察も難しいのでしょう」と述べています。
また、道具の使用には、高い認知能力が必要です。
たとえば、チンパンジーは小型の哺乳類を狩るために簡単な槍を作りますし、イルカは海綿をくわえて砂を漁り、エサを探します。ゾウは石や丸太を電気柵に落とすことで、電源を遮断します。
彼らは皆、高度な認知機能を持っていますが、シロクマの頭脳がどれほどのものかはほとんど理解されていません。
シロクマについては、認知機能の解明より、絶滅を食い止める方が先決なので、仕方ないとも言えます。
しかし、今回の研究が真実であれば、シロクマには、ゾウやイルカに劣らない賢さがあるのでしょう。