出産場所を見つけ、ライバルを追い払う
イカをはじめとする頭足類では通常、メスが卵の世話をします。
海流や天敵から守られるサンゴの隙間を見つけて産卵し、腕で卵を掃除したり、水流を起こして酸素を供給します。
基本的にオスは、交尾後に他のメスを探しに行くので役に立ちません。
しかし最近、本研究主任のエドゥアルド・サンパイオ氏は、エジプト近海でのダイビング中に、アオリイカの奇妙な行動を発見しました。
オスの個体が、パートナーのメスを一時的に置き去りにして、産卵に最適な場所を探しに行き、見つけたら再びメスの元に戻ったのです。
ただ、オスが遠くまで産卵場所を探しに行くわけではありません。
メスと一緒に連れだってサンゴ礁の周囲を巡回し、良さそうな場所が見つかれば、オスだけが下見に行くという流れでした。
人間でいうと、若夫婦が新居を探しに行って、目ぼしい物件があれば、先に夫だけが家の中を内覧する感じに近いでしょう。
さらにオスは、内覧中にメスに近づいてきた別のオスを攻撃して、追い払う行動まで見せたのです。
サンパイオ氏は「最初は何をしているのか分かりませんでしたが、明らかに今まで見たことのない光景でした」と話します。
こちらが、物件の内覧とライバルを追い払う時の様子です。
サンパイオ氏は、この動画をアメリカ自然史博物館の生物学者サマンサ・チェン氏に送り、説明を求めました。
するとチェン氏は「2013年にインドネシア近海で、同様のアオリイカの行動を観察したことがある」と返答。
そこで両氏は、科学文献にあたって、すでに記載された行動であるかを調べたところ、イカやタコを含む頭足類において未記載の行動であることが判明しました。
両氏は、この行動を「イカでは初となる父性的ケアの一例である」として正式に発表しています。
オスによる産卵場所の探索は、一夫一婦制の生物ではよく見られますが、イカではまったく知られていません。
サンパイオ氏は「この現象はまだ完全に理解されていない」とした上で、「今回の発見は、イカの生殖に関する従来の理解を大きく変える可能性がある」と指摘します。
両氏は現在、エジプトとインドネシア以外の海域に分布するアオリイカにも同じ行動が存在するかを理解するべく、世界中の海洋生物学者に連絡をとっているとのこと。
チェン氏は「アオリイカのように広大な範囲に生息する種を理解するには、包括的なサンプルを得ることが必須です。
世界各地の研究者と協力することで、イカの複雑な交尾行動を解明していきたい」と述べています。