CRISPR遺伝編集トマトには遺伝子組み換え食品の規制は適用されない
CRISPR遺伝編集とは、細菌の獲得免疫を利用した次世代の遺伝子組み換え技法であり、現代の遺伝学において必須の技術となっています。(※開発者たちは2020年のノーベル化学賞を受賞)
CRISPR遺伝編集技術を用いると、狙った場所の遺伝情報を人間の望むままに、簡単に書き換えることが可能となります。
そこで日本の筑波大学とサナテックシード株式会社は数年前から、この新たな遺伝編集技術を用いて、高濃度のGABAを含むトマトの開発を行ってきました。
GABA(γアミノ酪酸)は神経伝達物質の一種であり、摂取することでリラックス効果を得たり、睡眠の改善が行われたり、血圧を低下させる効果があることが知られおり、サプリメントとしても人気が高い成分の1つです。
ただ通常のトマトの場合、GABA合成に必要な遺伝子に、ある種のブレーキ(自己阻害領域)が存在しており、高濃度GABAトマトの開発にとって大きな壁となっていました。
そこで研究者たちはCRISPR遺伝編集を用いて、ブレーキとなっていた領域に1塩基対の挿入を行い、ブレーキ機能を除去してみました。
すると予想通り、遺伝編集されたトマトの果実は、通常の4~5倍のGABAが含まれるようになっていました。
研究者たちは早速、新たな高濃度GABAトマトを厚生労働省と農林水産省へ届出を行い、販売許可を得ることに成功します。
審査と許可が迅速に行われた背景には、遺伝子改変の自然さがありました。
これまで大豆などに対して行われてきた遺伝子組み換えは「他の生物種の遺伝子を大豆の遺伝子に組み込む」という手法が用いられてきました。
一方で今回トマトに対して行われた「1塩基の挿入」と、それにともなうブレーキ機能の喪失は、自然な交配によっても十分起こる変化です。
そのため厚生労働省と農林水産省は新たな高濃度GABAトマト「シチリア・ルージュ・ハイギャバ」に対して遺伝子組み換え作物としての規制を適用しないことを決定しました。
遺伝編集技術が用いられていても遺伝子組み換え作物として見なさないという決定は、一見すると違和感を感じます。
しかし遺伝子の変更に使った技術よりも、実際に変更が行われた結果のほうを重視するという戦略は、より本質に合致した判断とも言えるでしょう。(※「遺伝編集」は他の生物の遺伝子を取り入れていないが「遺伝子組み換え」は取り入れている。CRISPRはどちらの場合にも使用可能)