海洋微生物の調査により「抗がん剤」や「抗生物質」の有力候補を多数発見
海洋微生物の調査により「抗がん剤」や「抗生物質」の有力候補を多数発見 / 海洋微生物から作られる化合物は、医療の現場で重要な役割を果たします。/ Credit : Canva
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海洋微生物の調査により「抗がん剤」や「抗生物質」の有力候補を多数発見

2024.11.10 Sunday

多くの薬は、植物が生み出す物質を基に開発されてきました。

サリチル酸はその代表的な例で、柳の皮から抽出され、アスピリンの原料となりました。

また、ケシからはモルヒネが、キナの木からはマラリア治療薬のキニーネが作られました。

これら植物は自らを守るために多種多様な化学物質を生成しています。

また、自然界に多く存在する放線菌と呼ばれる微生物でも同様で、細菌や他の微生物から自分を守るために抗生物質を作り出しています

人間はこのような特性を利用して、自然界から多くの抗生物質を開発してきました。

では、海の中の微生物はどうでしょうか。

広大な海の中には、私たちがまだ十分に解き明かしていない驚くべき秘密が隠されています。

それは、海洋微生物が生み出す「天然の生理活性物質」です。

この生理活性物質は、生体内で生理作用を調節したり、影響を与えたりする物質です。

特に海の微生物は、陸上の生物以上にユニークで強力な化合物を作り出す力を持っています。

海の微生物が特別なのは、極限状態で生き延びるための進化を遂げた結果です。

海洋放線菌と呼ばれる微生物は、想像もつかない特異な化学物質を作り出す力を手に入れました。

深海では、高圧、極寒、高塩分、酸性環境、さらには栄養分が少ない過酷な条件が日常茶飯事です。

そんな場所で生き延びるため、微生物たちは特別な「代謝物」を作る必要がありました。

その中には、抗菌作用や抗がん作用など、医薬品としての可能性が秘められています。

タイ王国のKing Mongkut’s University of Technology North Bangkok による論文については、2024年1月8日付の『Frontiers in Microbiology』に掲載されています。

慶應大学、(財)がん研究会、東京大学および弘前大学プレスリリース https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2022/6/13/220613-1.pdf
Study of marine microorganism metabolites : new resources for bioactive natural products https://doi.org/10.3389/fmicb.2023.1285902

有効な抗生物質を作り出す海洋微生物

海洋放線菌と呼ばれる微生物が生み出す生理活性物質としては、これまでに約28,500種類が確認されています。

その中には多糖類ペプチドポリケチド、ポリフェノール化合物、アルカロイドなど、多様な種類の生理活性物質が含まれています。

これらの物質は、抗菌や抗ウイルス、抗ガンといった強力な働きを持ち、新しい薬のひな型になる可能性を秘めています。

海洋微生物が生産する生理活性物質は、特別な方法で混合物から分離されます。

液体クロマトグラフィーや質量分析、そして核磁気共鳴分光法といった最新の技術を駆使し、その複雑な構造を解き明かしていきます。

これにより、微生物がどのようにして抗菌作用や抗炎症作用を発揮するのかを確認しています。

海洋微生物たちは、驚くべき多様な代謝物を作り出す力を持っています。

彼らは抗生物質や抗がん作用のある化合物、さらには酵素や多糖類まで生産でき、これらは医療や美容、工業分野でも活用が期待されています。

海洋微生物の作る酵素は、陸上微生物の酵素が機能しないような過酷な条件下でも働き、より安定していることが分かっています。

この特性を利用すれば、ヒトの体内で効果を発揮する新しい薬や化粧品が開発されるかもしれません。

さらに、海水はヒトの血漿と化学的に似ているため、微生物が作り出す物質は従来の薬よりも毒性が低く、安全に使用できる可能性があります。

その結果、海洋微生物由来の「天然物」の調査は年々活発になってきており、「海洋微生物」をキーワードにした研究は過去5年間で約400件も発表されています。

広大な海の中に生息する海洋微生物は、私たちがまだ知らない「新しい薬」の宝庫かもしれません。

サンゴや魚、海藻、さらには深海の熱水噴出口や極地にまで広がるこれらの微生物は、過酷な環境下でも独自の進化を遂げ、整理活性物質を生み出しています。

実際、海洋微生物の特性は今までわずか0.01%しか解明されていません。私たちはまだまだ海洋の「秘宝」に手をつけていないのです。

以下、有効な抗生物質として活用される主な海洋微生物の例を紹介します。

ストレプトマイセス属という微生物は、結核菌やグラム陽性菌などに対しても抗菌作用を発揮します

これは、あの有名な抗生物質ストレプトマイシンを作る海洋放線菌で、タンパク質合成を阻害することによりバクテリアの成長や代謝を停止させます。

また、同じく海洋放線菌であるミクロモノスポラ属は、抗菌作用を持つ新しい化合物を作り出し、グラム陽性菌を退治するその力には、今後の新薬開発にも期待が寄せられています。

最近の研究では、これらの微生物が強力な新しい抗生物質を生産し、その効果が確認されています。

人間の健康にとって、特に厄介なのが抗菌薬に対する耐性を持つ病原性細菌ですが、海洋微生物はこれに立ち向かう力を持っています。

例えば、メキシコで採取された海洋堆積物から、サリニスポラ属(ミクロモノスポラ属に近い種)の海洋放線菌が発見され、これらの細菌たちは、薬剤耐性菌であるESKAPE病原体(ほとんどの院内感染の原因となる重要な細菌種)に対して強力な抗菌力を示しました。

また、ストレプトマイセス属から作られたチオペプチド系抗生物質は、薬剤耐性菌のタンパク質合成阻害剤として使われ、黄色ブドウ球菌まで撃退してしまうという驚きの効能を持っています。

これ、いわゆるスーパー耐性菌を退治する新薬の原石ということです。

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抗生物質の約70%を作り出す、有用な微生物であるストレプトマイセス属 / Credit : ja.wikipedia
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グラム陽性球菌とはグラム染色で紫色に染まる球菌で、 この黄色ブドウ球菌は耐熱性の毒素を放出し、重篤な症候を引き起こします。/ Credit : ja.wikipedia

次ページがんの増殖も抑え込む海洋微生物のパワー

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