死刑囚に無断で「サナダムシ」を食べさせた医者
寄生虫は世界で数百種ほどが知られていますが、中でも一般に広く知られているのが「サナダムシ」です。
サナダムシは平たくて細長いヒモ状の寄生虫であり(和名は真田紐に似ていることに由来)、人間の腸内に長期にわたって留まります。
過去には、35年間にわたって同じサナダムシが寄生していた男性の症例や、最長で39メートルもの長さにまで育ったサナダムシが摘出された例があります。
サナダムシは宿主の体内で1日に数十万個もの卵を産むとされており、宿主はそれに気づかないまま彼らに栄養を与え、ウンチと共に卵を外に排出しているのです。
サナダムシは人体に対してほぼ無害ではありますが、寄生虫に過敏な人は神経障害を起こして重体に陥る危険性もあります。
そして時は1855年、ドイツの医師フリードリヒ・キュッヘンマイスター(1821〜1890)がサナダムシに関して恐ろしい実験を行いました。
彼は以前から「サナダムシがどのような経路で人に感染するのか」に関心があり、「誰かにサナダムシを食べさせて、体内にいるときの生態を調べたい」との危険なアイデアを抱いていたのです。
しかし「俺、サナダムシ食べてもいいよ!」なんて人が都合よく見つかるはずもありません。
途方に暮れていたキュッヘンマイスターでしたが、そこへタイミングよく「死刑囚を実験に使えばいい」との申し出がありました。
「そいつは名案だ」と考えたキュッヘンマイスターは、死刑囚に与えられるソーセージとスープの中にサナダムシの幼虫を仕込んだのです。
自分が実験台にされているとも知らず、その死刑囚は「おい、スープが冷めてるぞ!」と文句を言ったといいます。
それもそのはず、熱々のスープではサナダムシが死んでしまい、せっかくの実験が台無しになるからです。
そして刑の執行後に遺体を解剖してみると、死刑囚の腸内から小さなサナダムシが数十匹見つかりました。
キュッヘンマイスターはさらに数名の死刑囚でも同じ実験を実施。
サナダムシの幼虫入りソーセージを乗せたオープンサンドイッチを食べさて、4カ月後の処刑後に解剖しました。
すると腸内から再び成熟したサナダムシ数匹が見つかったため、これらの観察結果を踏まえて、キュッヘンマイスターは「幼虫に汚染された肉を十分に加熱しないで食べることで、サナダムシに感染する恐れがある」と結論したのです。
「サナダムシ飲んでもいいよ!」という人が現れる、一体なぜ?
そんな中、キュッヘンマイスターが驚いたことに「サナダムシ飲んでもいいよ」と自ら志願する人が意外と多く現れたのです。
実はこれには奇妙な裏があります。
当時から寄生虫に感染した人は往々にして痩せていることが多く、ここから人々は「きっと寄生虫がお腹の中で人の食べたものを掠(かす)め取っていくからだ」と誤った迷信を信じたのです。
この発想の背景には「貧乏人はみんな痩せ細っている。貧乏人のほとんどは寄生虫に感染している。寄生虫に感染すれば痩せる」というおかしなロジックがありました。
実際に19世紀イギリスでは、スタイルを気にする女性向けに「サナダムシ・タブレット」なるものが売り出されていたといいます。
このような奇妙な俗説のおかげで、キュッヘンマイスターは実験台を手に入れることができましたが、歴史の中には自ら寄生虫を飲み込んで死にかけた科学者もいるのです。