アリには自分用と社会用の「2つの胃」がある
研究主任で、進化生物学者のアドリア・ルボフ(Adria LeBoeuf)氏は、こう述べています。
「アリには2つの胃があります。
1つは自分の食べ物を消化するための胃で、もう1つはコロニー内のアリと共有する液体を蓄えるための胃、言うなれば、社会的胃(social stomach) です。
液体の交換により、食物だけでなく、アリ自身が生産するタンパク質をも共有できるのです」
「社会的」液体の正確な機能はまだほとんど理解されていませんが、ミバエのような社会性昆虫は、唾液を通して社会的循環システムを作り、栄養・免疫力・ホルモンなどを互いに交換していると考えられています。
また、唾液やミルクなど、互いに交換される液体は、各個体が仲間に分子的な影響を与えることを可能にします。
社会性昆虫の多くは、食物や体内で生産されたタンパク質を口移しすることで、コロニー内のすべての個体を「分子レベルで」繋いでいるのです。
アリ自身が「ホルモン物質」のように働く
研究チームは今回、この現象をオオアリのコロニーで詳しく調査。
70個のコロニーから採取した計40匹の体液サンプルを分析したところ、全部で519個のタンパク質が見つかり、うち27個は、コロニーのライフサイクルやライフステージ、環境条件にかかわらず、すべての唾液に含まれていました。
一方で、これらのコアタンパク質以外はとても多様で、コロニーの状況に応じて異なる分子が含まれていました。
たとえば、まだ若いコロニーでは、糖分のすばやい処理にかかわるタンパク質が豊富に含まれた唾液が交換され、成熟したコロニーでは、子どもの成長や大人の長寿に必要なタンパク質が循環しています。
また、役目ごとに渡される分子も違っており、育児を担当する「世話係」では、社会的胃のなかに酸化ストレス関連のタンパク質が多く存在していました。
この分子的特徴は、採食係には見られません。
ルボフ氏は、次のように説明します。
「これは他の無欲なアリが、次世代を育てるために長生きしなければならない世話係に、長寿のための分子を手渡していることを意味します。
つまり、一部のアリは、自身の寿命を犠牲にしてまで、メンバーために代謝労働を行なっているのです」
要するに、アリ社会では「この分子は採食係に役立つからあげよう」とか「世話係に必要だから分けよう」という風に、メンバー同士がまるで「ホルモン物質」のように機能しているのです。
本研究の成果は、社会性昆虫がどのように分業システムを進化させてきたかを理解する有用なモデルとなります。
研究チームは今後、それぞれの共有タンパク質が、具体的にどんな影響を与えるかについて解明していく予定です。