人間は害のない意外性を面白さと認識する

面白さやユーモアとはいったい何なのか?
過去に行われた研究では、人間の赤ちゃんが言葉よりも先にユーモアを学ぶことが報告されています。
赤ちゃんにとって最初のユーモアの対象になるのは、人間の顔と声です。
赤ちゃんを笑わせる方法として「変顔」や「いないないば~」といった人間の顔を使ったユーモアや、甲高い声を基本とした「寄声」が有効であることが知られています。
赤ちゃんはこれら顔や声を基本にしたユーモアを言葉よりも遥かに早い生後2か月で学ぶことが知られています。
また1歳になると顔や体の一部を隠したり、犬がモーと牛のように鳴く「知識のエラー」や「違和感」がかかわるユーモアが好まれるようになります。
一方で赤ちゃんは何が「下品」であるかといった知識や単語の「音感」といった知識はありません。
この事実は、ユーモアは言葉以上に人間にとって普遍的な機能であり、最も根底には意外性が存在することを示します。
変顔の面白さも、普段見慣れた人のあり得ない表情だから面白いのであって、赤ちゃんは知らない人の「変顔」には笑い声を出しにくいことが知られています。
赤ちゃんのとって知らない人の変顔は恐怖を誘発する可能性もあります。
恐怖や脅威のある場合は、意外性があっても面白さにはつながりません。
今回の研究でも、同様にユーモアには害のなさが重要であることが示されています。
「意外性」「下品さ」「体」「音感」といった要素をかねそなえている単語ペアであっても、攻撃的な内容や脅威にかかわる単語(殺人・暴行・死などの単語)の使用は、面白さの点数を大きく損なう要因になっていました。
どうやら私たち人間は「害のない意外性」を面白さと感じるようにプログラムされているようです。
(※なおジェットコースターのような「制御された恐怖」は快楽につながります)
ただ、最も面白いとされた単語ペアは単なる意外性以外にも、より高度な方法で関連していると研究者たちは考えているようです。
面白いことを言おうとしたり、いいキャッチコピーを考えようとしてもそうそう上手くいかないことを考えれば、単純に言葉の意味が遠ければそれ良いというわけではないのは私たちもよく理解している部分です。
もしその「何か」を解明することができれば、面白さやユーモアのより高度な理解ができるようになり、AIコメディー作家の登場につながるかもしれません。