「学習」と「記憶」は別の脳回路が担当していると判明!
私たちの脳は、絶えず新たな脳回路を作り続ける巨大な有機電子回路です。
学習が起こると脳はその内容を処理するための回路を形成し、学習が進むと学習内容は記憶として定着していきます。
実際、マウスを用いた実験でも、新たな運動課題をさせると大脳皮質の一次運動野で新たなシナプス(細胞同士の接着)が形成され、神経回路が変化していることが知られています。
また化学薬品などで、この神経回路の形成を邪魔すると、学習が失敗しやすくなることも明らかになっています。
そのため、これまで私たちは、学習によって形成されるシナプスを維持することこそが、記憶を保持するための最重要事項だと考えていました。
しかし既存の研究の多くは、学習によって新たに形成されたシナプス(点)については調べられていても、それらがどの脳領域と接続しているのかといった回路(線)の変化は、あまり詳しく調べられていませんでした。
そこで今回、生理学研究所と玉川大学の研究者たちは、学習中のマウスの脳の神経接続をより広範に追跡し「学習」と「記憶」の違いを脳回路レベルで確かめることにしました。
実験にあたってはまず、マウスたちに前肢の片方で種を掴む訓練をしてもらいました。
人間にとっては何気ない動作に思えますが、物を両前肢でつかむことが多いマウスたちにとっては、片肢操作は難しい動きになります。
学習が終了すると、研究者たちはマウスの頭蓋骨を切開して脳回路の経時的な変化を調べました。
すると既存の研究報告通り、学習初期(1日目~4日目)では大脳皮質の一次運動野において新しいシナプスが形成されていることが確認できました。
またマウスごとの上達度と比較すると、運動技能の上達度が高かったマウスほど、シナプスの形成数が多いことが示されました。
次に研究者たちは、この新しいシナプス結合が、脳のどの領域と伝達を行っているかを調べます。
結果、新たなシナプスは、より高次の運動にかかわる脳領域(二次運動野)から情報を受け取っていることが判明しました。
第二運動野では運動の計画や準備など意識的な情報処理を行っている脳領域であり、マウスたちはこの二次運動野と一次運動野を結ぶことで「試行錯誤」を行っていたと考えられました。
一方で、学習の後期(5日目~8日目)になると、学習初期に形成された一次運動野のシナプスの多くが、一部を残して消失していることが確認されました。
そこで研究者たちは残ったシナプスがどこから情報を入力されているかを再度、調べます。
すると残存する一次運動野のシナプスが、視床と呼ばれる脳領域から入力を受けていることが判明します。
また視床と接続されているシナプスは単に残っているだけでなく、1つ1つの信号強度が強化されていることも明らかになりました。
視床は脳の奥にあり、自動化された運動信号を中継する領域です。
これらの結果は、学習初期(1日目~4日目)に試行錯誤を行うために一次運動野と二次運動領域の間に「学習回路」が形成され、学習後期(5日目~8日目)には学習した内容を習慣化するため一次運動野と視床との間に「記憶回路」が形成されていることを示します。
つまり学習が成立するときと記憶が成立するときには、脳は別ルートの回路を形成していたのです。
実際に、学習初期に学習回路をウイルスを用いて遮断すると学習の上達が妨げられる一方で、記憶回路を抑制しても学習が通常通り上達することが判明します。
しかし8日間の学習期間が終了し十分に上達が起きたマウスに対して記憶回路を遮断したところ、上達済であったはずの運動をまともに実行できないことが判明します。
これらの結果は「学習シナプス(学習回路)」によって得られた上達は、その後に形成される「記憶シナプス(記憶回路)」に引き継がれなければ保存できないことを示します。
これまで私たちの多くは学習したときに形成されるシナプスを維持することが記憶につながると考えていましたが、本当に重要なのは上達内容を回路間で正しく引き継ぐことだったのです。
研究者たちは同様の仕組みが人間の脳に存在する確率が高いと述べています。