ポジティブな声は「左耳」から語りかけるといい?
チームは20代半ばの健康な男女13人を対象に、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて、右・左・前方から聞こえてくる音に脳がどう反応するかを調べました。
実験では、人の発声音と人以外の環境音を分けて、ポジティブ・ネガティブ・ニュートラルの音を用意しています。
具体的には、ポジティブ発声音は「赤ちゃんや大人の笑い声、男女のエロティックな声」を、ネガティブ発声音は「怯えた叫び声、嘔吐、乱闘の音声」を、ニュートラル発声音は「アー、ウーなどの意味のない母音」などを使いました。
一方で、ポジティブ環境音は「拍手や缶ビールをプシュッと開けてグラスに注ぐ音」を、ネガティブ環境音は「時限爆弾のチクタク音、自動車の事故の音、ガラスが割れる音」を、ニュートラル環境音は「風が吹く音、電車の通過する音」などを用いています。
2回のfMRIセッション(各55~60分)で音サンプルを聞かせ、脳内で最初に音声の処理に関わる「一次聴覚野」の反応を比較しました。
一次聴覚野は右脳と左脳の両方の側頭葉に存在します。
その結果、被験者の一次聴覚野は、ポジティブな発声音を左側から聞いたときに最大に活性化することが実験的に示されたのです。
同じ音声を前方や右側から聞かせても脳はまったく活性化しなかったといいます。
さらに、それ以外のネガティブ・ニュートラルな発声音に加え、ポジティブなものも含むすべての環境音は、どの方向からも一次聴覚野を有意には活性化させませんでした。
左耳から入ったポジティブな「人の声」だけが脳を強く活性化させたのはとても興味深い点です。
研究主任のサンドラ・ダ・コスタ(Sandra da Costa)氏は「これは脳の一次聴覚野が左方向からのポジティブな声を優先的に識別・処理していることを示唆する」と指摘します。
加えて「この結果は広く知れ渡った従来の学説とは一線を画すものだ」とも述べました。
従来の学説とは、最初に話した「右耳から入った情報は左脳に、左耳から入った情報は右脳に届く」という説です。
一般的に、右脳は感情や直感と、左脳は論理的思考と大きく関係するので、左耳から入った音声ほど感情を活性化させやすいと言われていました。
ところが本研究では、右脳と左脳の両方にある脳領域が活性化していることから、この説とは明らかに異なるものです。
ASMRは左耳への囁きが効果的
一方で、なぜ脳は左から聞こえてくるポジティブな発声により強く反応するのか、あるいはそれが進化上どんなメリットを持っていたのかは定かでありません。
また、どうしてポジティブな環境音では反応しないのかも不可思議な点です。
しかし進化的な意義は不明でも、この知見を実際の生活に役立てるには十分でしょう。
たとえば、励ましや応援の言葉は左耳から語りかけると効果が高まる可能性があります。
また今回研究が述べているポジティブな音声とは、喜びの感情につながるような音声のことであり、そこにはエロティックな音声も含まれています。
最近はバイノーラル録音という、音の方向を明確に左右で区別した収録方法があり、これを利用したASMRなどのコンテンツも人気です。
今回の結果が事実ならば、こうしたコンテンツでは主に左耳から語りかけるように作った方が、よりユーザーを喜ばせられる可能性があるようです。