火星の大気散逸の理由に迫る
火星探査機「MAVEN」は2013年11月に打ち上げられ、2014年9月に火星の周回軌道上に入りました。
ミッションの目的は、火星の大気や電離層、太陽風との相互作用を調べて、大気散逸(惑星の大気が宇宙空間へ失われる現象)を理解することです。
火星は今でこそ、乾いた岩石のかたまりのように見えますが、約34億年前までは広大な海や湖、多くの曲がりくねった川をもつ”青い水の惑星”だったことが分かっています。
当時は暖かくて濃い大気に包まれていたため、地表に水を保持することが可能でした。
現在の火星にも二酸化炭素や窒素を主成分とする大気が確認されていますが、当時より遥かに薄くなっているため、熱や地表の水を保持することができません。
それゆえに今日の火星はほとんど不毛な土地と化しています。
2022年7月に撮影された一枚目の画像
そこで研究チームは今回、火星の大気散逸についての理解を深めるべく、MAVENに搭載されている「紫外線撮像分光装置(IUVS)」による撮影を行いました。
IUVSは人の目には見えない紫外線の波長を測定することで、これまでとは異なる仕方で火星を撮影することができます。
採取された紫外線データは、人の目に見えるようにレンダリング(擬似的に色付け)して、火星の全体画像を作成しました。
この色分けにより、大気や雲がある場所、乾燥した地域の広がる範囲などが分かります。
そして2022年7月、南半球の夏季に撮影された最初の一枚がこちらです。
火星は地球と同様、約25度傾いた自転軸で回転しているため、ちゃんと四季があります。
火星では、南半球が太陽の方に傾いているときに最も太陽の近くを公転し、北半球が太陽の方に傾いているときに最も太陽の遠くを公転します。
その結果、南半球の夏は北半球の夏よりも気温が高くなります。
画像の中央やや左に見える大きなクレーターは、火星で最も深いクレーターの一つである「アルギュレ盆地」です。
また一番下に見られる真っ白い部分は「南極の氷冠」を示しており、この時期は夏の暑さによって蒸発し縮小しています。
それから火星の周辺に広がる白っぽいもやもやは、夏の気温上昇により発生した乱気流が高高度まで巻き上げた水蒸気のもやです。
高高度まで舞い上がった水蒸気は太陽光などによって分解され軽い水素が宇宙空間へと逃げ出していいきます。
この観測から、MAVENは夏に火星からの水素損失が増加していることを発見したと報告しています。
また研究者は「南極の氷冠が蒸発し、二酸化炭素が放出されて大気が厚くなっている」と説明します。
中央の青い部分は大気中に立ち込めた霧とのことです。
2023年1月に撮影された二枚目の画像
2枚目の画像は2023年1月、火星が太陽から最も離れた軌道を通過している冬季に撮影されました。
ここでは火星の北極が中心に写されており、濃い紫色の部分は北極に蓄積された大気中のオゾンを表しています。
オゾンはその後、春になると発生する水蒸気との化学反応によって破壊されて、消失するそうです。
その周囲の白い部分は先と同じく大気のもやを示し、中央〜下部の緑のエリアは乾燥した地域で、多数の小さなクレーターが広がっています。
今回得られた2枚の画像は、火星の大気の動きや気候変動の歴史を理解し、ひいては今後の居住可能性についての洞察を深めるのにも役立つと期待されています。
現時点では、火星の大気散逸の引き金となった確かな原因は解明されていません。
研究者らの間では、一つの可能性として「火星のコアが冷えて磁場が弱まったときに大気を保持するシールドが壊れて、宇宙空間への大気散逸が起こったのではないか」とする意見もあります。
火星への移住を検討している人類にとっては、火星環境の過去や現在、そして未来に起こりうることも下調べしておく必要があるでしょう。