ポンペイ市民が親しんだ「定食メニュー」かも?
壁画が見つかったポンペイ遺跡は、紀元79年に起きたヴェスヴィオ山の大噴火により壊滅した古代ローマの都市です。
ポンペイの町は一瞬にして火砕流に呑み込まれ、一昼夜にわたって降り続く火山灰の下に埋められました。
これにより大勢の命が失われましたが、皮肉にも火山灰に埋もれたことで町全体がタイムカプセルのように保存され、今日でも新たな発見がつづいています。
そして今年1月、ポンペイ考古学公園(Pompeii Archaeological Park)の発掘チームは新たに、ピザのような食べ物が描かれた壁画を見つけたのです。
この画は当時の大きな民家の広間に併設されていたパン屋の壁に発見されました。
ローマ時代のパン屋は人々にパンやその他の焼き菓子を提供する施設であり、ポンペイ市民にとってもパンは重要な主食でした。
ポンペイ遺跡ではこれまでに、オーブンや製粉設備、貯蔵場所を備えたパン屋の跡が数多く見つかっています。
壁画は2000年近く前に描かれたとは思えないほど、色鮮やかで精巧に保存されていました。
銀の大皿にピザのような食べ物とワイン入りのゴブレット、その他ナツメヤシやザクロのような果物の数々が見られます。
特に目を引くのは現代でも慣れ親しまれているピザにそっくりな食べ物でしょう。
2000年前からピザがあったというのは、それだけで驚く人もいるかもしれませんが、当時はどういう食べ物だったのでしょうか?
研究者によると、この絵画のピザ生地には「モレトゥム」と呼ばれる、ローマ時代に食されていたニンニクやハーブ、チーズを混ぜたペーストが乗せられているようです。
これがポンペイ市民に親しまれていた定番メニューだったのかもしれません。
一方で、発掘チームは「ここに描かれているピザは今日の私たちが知っているピザとは異なるだろう」と指摘します。
というのも現代型のピザの基本として欠かせない「トマト」が使われているはずがないからです。
トマトは新大陸(南米)原産の野菜であり、16世紀に入るまでヨーロッパには存在していませんでした。
よって、画に見られる食べ物は「ピザの古い親戚のようなものだろう」と研究者は述べています。
では、私たちが食べているピザはいつ、どこで生まれたのでしょうか?