ミトコンドリアの機能不全が自殺を駆動させている

男女両方に関連した自殺のメカニズムはどんなものか?
答えを得るため研究者たちは、再度血液成分を分析しました。
すると興味深いことに男女で共通している血液成分の変化は「ミトコンドリアの機能不全」が起きたときに発生するパターンを含んでいると判明しました。
ミトコンドリアは細胞内部でエネルギー工場として機能しており、酸素を燃焼させてエネルギーの通貨として知られる物質(ATP)を生産します。
ミトコンドリアに機能不全が起きた場合、生命活動を維持するためのエネルギーが不足し、さまざまな病状を発生させることになります。
また近年の研究により、ミトコンドリアには細胞のエネルギー工場としての機能だけでなく、細胞の信号を調節するミトコンドリア情報処理システム(MIPS)と呼ばれる仕組みの中枢であることが明らかになってきました。
このシステムでは、生命にとって好ましくない状態になると、ミトコンドリアが遺伝子の活性度を操作して細胞に耐性を授けます。
そのためミトコンドリア機能不全が起きた場合、細胞のエネルギー不足だけでなく、細胞の協調能力が低下し、逆境(環境ストレス)にも弱くなってしまいます。
RPGなどのゲームで例えるならば「ミトコンドリア機能不全」が起きた場合には細胞レベルで「回復力低下(エネルギー不足)」「適応力減少(協調が乱れる)」「耐性減少(逆境に弱くなる)」といったデバフが付与されると言えるでしょう。
ミトコンドリアはあらゆる細胞に含まれているため、機能不全の影響は精神や肉体全体に及ぶと考えられます。
そのため研究者たちは「私たちは、自殺未遂は実際には、細胞レベルで耐えられなくなったストレスを(死によって)止めようとする、より大きな生理学的衝動の可能性があると考えています」と述べました。
これまでの研究によって、細胞に許容量を超えたストレスがかかることが過労死の原因であることが報告されています。
(※たとえば許容量を超えたストレスが脳の血管細胞にかかると、細胞が死んで血管が破れ、脳梗塞などが発生します)
つまり、細胞の母国語である生化学反応を網羅的に解析できるようになったことで、細胞レベルの悲鳴が、体全体の生命機能を奪う自殺につながっている可能性が示されたのです。
では、どうすれば細胞レベルの悲鳴を回避し、自殺を防げるのでしょうか?
今回の研究結果には、うつ病と自殺念慮に関連した多くの血中成分の変化が記録されましたが、その中には、よく耳にする成分も含まれています。
例えばうつ病と自殺念慮がある人の血中成分では、葉酸とカルニチンが不足していることが判明しました。
葉酸やカルニチンはサプリメントなどで手軽に摂取できる栄養素でもあります。
研究者たちは「葉酸やカルニチンは治療薬ではない」ことに言及しつつも「今回の研究モデルにおいては、これらの成分の血中濃度を回復させることで、体に自殺を防ぐ変化を起こせるかもしれない」と述べています。
もし自殺念慮を抱いている人々のメタボロミクスが完全に解明されれば、脳に作用する精神薬だけでなく、細胞内部の特定の生理現象に作用して自殺を防ぐ「脳にいかない」自殺予防薬となるかもしれません。
精神の変化が細胞レベルの変化に帰着できるかもしれないというのは、興味深いですね