深層の海水が表層に湧き上がる「湧昇」
「湧昇(ゆうしょう)」または「Upwelling」は、海水が深層から表層に湧き上がる現象のことです。
通常、表層の海水と深層の海水は、温度や塩分濃度など性質の違いにより混ざり合うことがありません。
しかし、特定の条件が満たされることで、深層から表層へと海水が一時的に湧き上がることがあるのです。
その条件を満たした限られた地域では、長期的に「湧昇」が発生し続けることがあります。
では、湧昇が起こる条件とは何でしょうか。
その条件の1つは「エクマン輸送」です。
エクマン輸送は風の動きに対して海水がどの様に移動するかを説明するもので、北半球では、北方向に向かってまっすぐ風が吹いたとき、表層の海水はコリオリの力(地球の自転で発生する見かけの力)によって、右方向の力を受けるのです。
コリオリの力が関係する問題は、文章の解説としては複雑になりがちなので、詳しく理解したい人はエクマン輸送を解説した動画を見た方が良いかもしれません。
ともかくここで言いたいことは、沿岸沿いに南風(北に向かう風)が長く吹いた場合、表層の海水は岸から離れるように移動し始めるということです。
すると岸の近くの海水がなくなってしまうため、それを補うために深層の海水が引き上げられて来ます。こうして深層から表層への急激な海水の移動が起きるのがエクマン輸送による「湧昇」です。
ちなみに、エクマン輸送以外にも、岸の近くで急速に海底が深くなっている場所や、海洋火山がある場所では深層の海流がこの崖にぶつかることで表層に向かって湧き上がるように移動する「湧昇」が発生します。
そして湧昇によって湧き上がる深層の海水は、表層よりもはるかに栄養豊富であり、これにより植物プランクトンが急激に増殖します。
次にそれらをエサとする動物プランクトンが増え、さらにそれを食べるアジやイワシ、最終的にはイルカやマグロ、サメなども集まってくるのです。
そのため湧昇が起きやすい地形の海は、非常に漁獲量が多い豊かな海になります。
日本の近海が豊かな漁場である理由も、日本の周辺には季節風、貿易風が吹いており、また親潮と黒潮が複雑な島の地形にぶつかるため湧昇が起きやすいことに関連しています。
フィリピンでも似たような状況があり、ラグナソン・ジュニア氏によると、この度のフィリピンにおける大量のイワシの打ち上げの背景には、深層のプランクトンが沿岸の湧昇によって岸に大量に移動し、これを餌として追っていたイワシが知らぬうちに浅瀬にたどり着き、打ち上げられてしまった可能性が高いというのです。
また「打ち上げられたイワシの大半は幼魚であり、このこともイワシのグループの方向感覚を失わせる一因となった可能性がある」と付け加えています。
もちろん湧昇自体が直接イワシの打ち上げに関与しない場合もあります。
しかし、日本でもたびたびイワシの大量の打ち上げがニュースになるのは、1つに日本近海も湧昇の影響でイワシなどが大量に育つ豊かな環境が作られている事が関連しています。
確かに「大量の魚が海岸沿いに打ち上げられる現象」は、人々に恐怖を与え、時に様々な憶測が広がります。
地震の前触れだったというのもその1つでしょう。しかしラグナソン・ジュニア氏は、座礁事故の直後に地震が起きたのは単なる偶然の可能性が高いと話ます。
環太平洋は地殻変動の激しい地域であり、海底の地震はいつも起こっています。そのためこの地域に住む魚を狂わせる原因にはなりにくいと考えられるのです。
不気味に見える大量の魚の打ち上げは、大抵の場合は、「自然の作用」として科学的に説明することができ、「恐れるべきものではない」ことが分かります。
ニュースで見かけると一般の人々はかなり驚きますが、一方で専門家が非常に冷静なのはそれが理由です。
今後生じる「大量の魚の打ち上げ」に関しても、その原因を冷静に探ることで安心できるはずです。