「白いフクロウ」は闇ではなく光に溶け込む
フクロウは、獲物に見つからないよう暗闇に身を沈め、ほとんど音も立てずに接近する特殊な狩猟能力を持っています。
このため、多くのフクロウ種は茶色や灰色、黒など、夜の景色に自然と紛れ込める暗い羽色を選び取り、確実に獲物に近づく戦略を発達させてきました。
一方でフクロウの中にはメンフクロウなど白い体をもつものが存在します。
メンフクロウたちも他のフクロウと同じように、夜間に活発に狩りを行います。
知っての通り、夜の闇に紛れて獲物を狙うならば、明るい色よりも暗い色のほうが有利です。
それなのになぜ彼らは絶滅せず、現代まで種を永らえているのでしょうか?
その答えを求め、研究チームは実験室での分析と野外観察の両方を行うことにしました。
以下は実験方法を簡潔にまとめたものとなります。
調査に当たってはまず、メンフクロウの羽毛が光をどの程度反射するかを測定し、そのデータを基に月明かりや地面の反射率を考慮したモデルを作成しました。
次に白いフクロウが主な獲物とするげっ歯類(ネズミなど)の視点に注目しました。
げっ歯類は人間とは異なる二色性視覚を持ちます(※人間は三色性色覚)。
二色性視覚を持つ生物は、短波長(青)と長波長(黄)に感度のある2種類の錐体細胞を持ち、中波長域(緑や赤)に対応する情報が欠けています。
その結果、色のコントラストを区別する能力が三色性視覚を持つ人間と比べて低下します。
また野外では異なる月の状態(満月、新月など)の条件でメンフクロウの狩りの成功率を観察しました。
さらに夜間の動きを高感度カメラと赤外線センサーで記録し、月明かりの有無が狩りの効率に与える影響を分析しました。
そして最後に得られたデータを踏まえ、研究者たちは白色と暗色のフクロウ剥製を用い、満月下などさまざまな光条件と背景環境を再現した実験を行いました。
その結果、驚くべき事実が判明します。
結論から言えば「白いフクロウは闇ではなく光の中に溶け込んでいた」のです。
月光の下において、メンフクロウの白い羽毛は単に光を反射するだけではなく、背景光と視覚的に一体化する特性を発揮します。
月光は太陽光とは異なり、指向性の高い影を形成することがほとんどありません。
むしろ、その波長特性と光の散乱効果により、地表面全体にわたり均質で拡散的な照明を提供します。
この環境において、メンフクロウの白い羽毛はほぼ全波長域にわたり均等な反射特性を示します。
この均一な光反射は、げっ歯類の視覚受容機構、特に白黒のコントラストに敏感な視覚野において、白い羽毛を背景光と区別しにくい「視覚的ノイズ」として認識させる効果を生み出します。
人間もしばしば光に照らされた白い物体に「白くぼやけて見える」という感想を抱きますが、人間より劣ったげっ歯類の視覚では、ぼやけるどころか、月光のやわらかい光の中に完全に溶けてしまっているように見えるわけです。
一方で、暗色の羽毛は同じ条件下では月光を吸収するか、あるいは不均等に反射するため、げっ歯類の視覚には背景から浮き立つ存在として認識されやすいことが明らかになりました。
もちろん人間の目には白いフクロウが際立って見えるかもしれません。
ハリーポッターに登場するヘドウィグが白い羽毛をしているのも視聴者となる「人間に対する」視覚や印象の効果を狙ってのことでしょう。
しかし、げっ歯類のような獲物にとっては、それは月光に溶け込み、すっかり背景と一体化した恐ろしい迷彩となっていたのです。